日本大百科全書(ニッポニカ)「テント」の解説
テント
てんと
tent
現在ではテントということばは日常的住居でなく、臨時の露営用として、軍事、探検、登山、キャンプなどに用いられるもの、そのなかでもとくにキャンプ、登山などに用いられるものをさしていると考えるのが一般的である。運動会など野外の日よけに用いるものもテントとよばれている。軍事、学校キャンプなどに用いられるのは、20人用、30人用など大きなものがあり、また野外音楽、演劇、サーカスなどに使われる特殊な大規模のものがあるが、登山、キャンプ、小旅行に用いられる一般的なものは、5人から10人用ぐらいまでの、自分で持ち運びできるものが多い。
[徳久球雄]
種類
三角型、屋根型、家型、ウィンパー型、片流れ型、かまぼこ型、ドーム型、およびその変形があるが、屋根型、家型がもっとも普及している。重量、居住性、耐風性などが目的によって問題とされるが、夏季に用いるものは軽量で居住性のよいものが好まれ、片流れ型、家型が多く、日本では規格として180センチメートル×45センチメートルを1人分の生活スペースと考えて設計されている。冬季は耐風・耐雪性が問題となり、生活スペースも衣類などが多いので20%増しとなる。材料は古くは厚手の平織の麻や綿であったが、現在ではナイロン、ビニロン、テトロンなどが、重さ、防水性、強度の点で優れていることから多く用いられている。
[徳久球雄]
テントの設営
現在はキャンプ場が指定されているが、元来は洪水、雪崩(なだれ)などの危険がなく、できるだけ平坦(へいたん)な乾燥した草地を選び、夏はとくに燃料・水の得やすい所、冬は風当りの弱い所に設営する。設営方法は、(1)整地、(2)用具・備品の点検、(3)底面の位置を決めて固定する(その場合、入口を風下にすること)、(4)ポールを立てる、(5)主張り綱を張り、ペグ(杭(くい))で留める、(6)グランドシーツを敷く、(7)排水溝を掘る、(8)炊事場・便所・物置などを必要に応じてつくる、(9)フライ(覆い)をもっていたら張る(とくに長期の場合は必要)、という順序で行う。
冬季は排水溝の必要はないが、保温のために、内張りを張り、テントの周囲に雪で防風垣をつくる。テント内の生活は不潔になりがちなので、整理を十分にし、とくに冬季はベンチレーション(換気)に留意しなければならない。炊事は、夏季は外で薪(たきぎ)により行うことが多いが、冬季はテント内でこんろによる。この場合こんろなどの不始末で火災を起こしたりすることがあるので、火気には十分注意する。オートキャンプ用などのテントではキャンバスベッドを利用すればよいが、その他の場合はエアマットを敷くなど湿気を遮断することに注意しないと、健康を害する。
テントは使用後は十分に乾燥させ、部品、布部の損傷を点検し、湿気の少ない所に保存する。張り綱、杭などは予備を用意しておくことが必要であり、ポールも強風によって破損することがある。
[徳久球雄]
住居としてのテント
遊牧民、狩猟民の間で日常的に用いられる住居。木製の骨組と、布、フェルト、皮革、樹皮などの覆いからなる。骨組の一部が放置される場合もあるが、多くの場合、覆いとともに移動のたびに持ち運ばれる。したがって、家畜を飼い、車、橇(そり)、ボートなどの運搬具をもつ人々でないと使えないといわれる。形、構造は地域、民族によってさまざまであるが、大別すると、西アジア、北アフリカの黒テント、中央アジア、北アジアの円筒円錐(えんすい)型のテント(ゲル、ユルタ)、極北地域の円錐型またはドーム型のテント、北アメリカの平原インディアンの円錐型テント(ティピ)などに分けられる。
黒テントは西アジアのベドウィンを中心に、北アフリカからチベットまでの広大な範囲でさまざまな遊牧民に使用されている。基本的にはヤギの毛で織った黒い長方形の布を綱で強く張り、それを下から木の柱で支える構造をもつ。乾燥地帯では屋根が平らであるが、雨の多い地方では山型にして、水を流すようにする。側壁には別の布が屋根から吊(つ)るされるが、夏季に莚(むしろ)を用いたり、冬季に土や石で側壁を築くこともある。ベドウィンなどでは屋根布に張力帯をつけて強度を増すくふうをしている。
中央アジア、北アジアのモンゴル系、チュルク系の人の使うテントは骨組だけでも独立して立つことができる。つまり、細い棒を矢来(やらい)組にし円筒形の側壁をつくり、その上に棒を円錐形に立て並べて屋根の骨組をつくる。そして全体をフェルトで何重にも包み、いちばん外側に防水用の厚織綿布をかけて綱で締めてできあがる。天井には煙出しと採光のために丸い穴があり、雨や雪を防ぐために蓋(ふた)がついている。モンゴルのゲルとチュルクのユルタの構造上の違いは、屋根材にあり、前者がまっすぐな棒を利用するのに対し、後者では多少湾曲している点である。
極北のタイガ、ツンドラの狩猟民とトナカイ遊牧民の間では円錐型のテントが使われる。構造は比較的単純で、中心となる数本の柱を上部を接合して立て、その接合部に立てかけるように他の木材を円錐形に立て並べる。そしてその上に夏はシラカバの樹皮、冬は動物の毛皮を巻き付ける。最上部は煙出しと採光のためにあけられていて、蓋はない。東シベリアのチュクチ、コリヤークなどの民族ではゲルに似た形の獣皮テントが使われ、北アメリカではドーム型のものも使われる。極北地域では、壁となる獣皮、樹皮、中心となる柱は移動時には持ち運ばれるが、他の木材はその場で調達されることが多い。
北アメリカの平原インディアンのティピも基本構造は極北の円錐型テントと同じであるが、より洗練されている。つまり、頂上に煙抜き幕を取り付けて、風向きによって向きを変えることで換気をよくし、側壁の内側にさらにもう一枚幕を張ることで湿気を防いでいる。壁材にはかつては美しい文様を描いたバッファローの革が使われたが、現在は厚織綿布を使っている。
一般的に核家族単位で居住しているが、大型のものでは数家族が合同して使用することもある。内部は人や家具の位置が厳格に決められている。とくに男女の住み分けは明瞭(めいりょう)で、黒テントでは布で仕切って完全に区分する。現在、遊牧民、狩猟民は各国政府の定住化政策などにより、急速に減っているが、彼らのテントの利点、構造は現代建築や、キャンプ用テントなどに生かされている。
[佐々木史郎]
『トーボー・フェーガー著、磯野義人訳『天幕』(1985・エス・ピー・エス出版)』