テンプテーションズ(読み)てんぷてーしょんず(英語表記)Temptations

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

テンプテーションズ
てんぷてーしょんず
Temptations

アメリカの黒人コーラス・グループ。1961年に結成され、1960年代から1970年代にかけて高い人気を誇った。日本では彼らのヒット曲「マイ・ガール」「ゲット・レディ」などがディスコを中心として広まった。
 テンプテーションズはデトロイトで活動していた二つのグループから集められた5人によって結成された。結成当初のメンバーは、メルビン・フランクリンMelvin Franklin(1942―1995)、エディ・ケンドリックスEddie Kendricks(1939―1992)、オーティス・ウィリアムズOtis Williams(1941― )、ポール・ウィリアムズPaul Williams(1939―1973)、エルドリッジ・ブライアントEldridge Bryant(1941―1975)。彼らはダイアナ・ロスを擁する女性3人組シュープリームスと同じ事務所に所属し、この二つのコーラス・グループはともにデトロイトの新興レコード会社モータウンと契約することになる。テンプテーションズもシュープリームスも、契約直後からモータウンを支える中心的スター・グループとして活躍した。
 テンプテーションズが第一期の黄金時代を迎えたのは、1964年、ブライアントに代わってデビッド・ラフィンDavid Ruffin(1941―1991)が参加してからだった。ここに、抜群のコーラス・ワークと洗練されたリード・ボーカル(ラフィンとケンドリックス)、そして洒落(しゃれ)たダンスという、現在の黒人系コーラス・グループの雛型ができあがったのである。その後「マイ・ガール」のほか、「シンス・アイ・ロスト・マイ・ベイビー」「イッツ・グロウイング」などポップ・チャートに斬りこむ大ヒットを放っていった。彼らの成功にはソング・ライター、プロデューサーとして、同じモータウンのコーラス・グループ、ミラクルズのリーダーであるスモーキー・ロビンソンSmokey Robinson(1940― )が深くかかわっていたことも忘れてはならない。
 1967年、ラフィンがグループから抜け、代わりにデニス・エドワーズDennis Edwards(1943―2018)が中心的ボーカリストとなる。1971年、今度はファルセット(裏声)のケンドリックスとポール・ウィリアムズが脱退、ポールは2年後に自殺した。このようにテンプテーションズは、なかなかメンバーの落ちつかないグループだったが、1972年には「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」というドラマティックな名曲も生み出し、長く人気を保ち続けた。
 1982年、エドワーズ、ラフィン、ケンドリックスら歴代のボーカリストらが集まったアルバム『リユニオン』Reunionがつくられ話題になった。1990年代に入り、ケンドリックスやフランクリンら初代のメンバーが亡くなり、オリジナル・メンバーとしてグループを続けているのはバス担当のオーティス・ウィリアムズだけとなった。[藤田 正]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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