日本大百科全書(ニッポニカ) 「デジタル・アーカイブ」の意味・わかりやすい解説
デジタル・アーカイブ
でじたるあーかいぶ
digital archive
膨大な美術情報をデジタル化し分類・整理して収蔵する施設・機関の総称で、美術作品のみならず、関連した資料や文献などもすべてデジタル処理の対象となる。コンピュータ・テクノロジーの進展に伴い、デジタル処理に基づく情報の分類・整理は社会のさまざまな局面で注目されてきた。とりわけ美術の場合は、作品を収蔵・展示する美術館・博物館が分類・整理・収集とは切っても切れない関係にあるほか、文献資料も膨大な量に上る(ユネスコの調査によれば、全世界の人文科学系の定期刊行物中、美術史・考古学関連のものが圧倒的多数を占める)だけに、本格的な導入の必要性が強調されてきた。
アンドレ・マルローの「空想の美術館」(泰西名画の写真により構成された架空の美術館)(1947)は、まだコンピュータ・テクノロジーが開発されたばかりのころの構想だが、写真によって現実には収集不可能な名画の展覧会を可能にするという点で、まぎれもなくデジタル・アーカイブの先駆となっている。このような歴史的背景もあって、フランスはいち早く美術作品のデジタル・アーカイブ化に取り組んできた。例えば、全国で30館以上にのぼる国立美術館のネットワークであるフランス国立美術館連合は、国内のアーカイブの整備を精力的に推し進めると同時に、共有財産として50万点以上に及ぶ作品の写真資料を保有しているし、またその頂点に立つルーブル美術館でも、館内の研究施設であるフランス美術館合同専門研究所が炭素分析やX線解析による研究成果を保存したり、ヨーロッパ美術研究用コンピュータ映像システム・ネットワーク(NARCISSE=Network of Art Research Computer Image SystemS in Europe)が複数言語によるCD-ROM「芸術と科学」シリーズを出版するなど、多彩な活動によってデジタル・アーカイブの研究が推し進められている。もちろん、現代美術をフィールドとするポンピドー・センターでも、メディア・アート部門を中心に、精力的なデジタル・アーカイブ活動が展開された。
一方、フランスはもとよりアメリカの後塵を拝した日本でも、1996年(平成8)には、各地の地方自治体、企業、団体組織によって専門機関であるデジタルアーカイブ推進協議会(JDAA)が設立された。また98年には全世界の優れた美術作品や自然景観の画像の収集・保存を主目的とする非営利団体「ディジタル・アレキサンドリア」が設立されるなど、コンピュータ・テクノロジーが著しく進展した90年代後半以降は、デジタル・アーカイブへの本格的な取り組みが着手された。だが、デジタル・アーカイブに対する社会的な関心の高まりと同時に、ある種の誤解が生まれたことも事実である。デジタル・アーカイブがデジタル化した情報をフロッピーディスクやハードディスク、MO、CD-ROMといった記録媒体に保存して分類・整理するものである以上、そのような活動に対応した現実の施設を必要とする。この点で、純粋にインターネットのなかに展開され、情報が収納されるバーチャル・ミュージアムとは明確に区別されるべきものなのだ。
また膨大な画像が処理されるデジタル・アーカイブでは、必然的に著作権の問題が発生する。その場合にも、前述の「ディジタル・アレキサンドリア」のように、デジタル・アーカイブは優れた美術作品の幅広い共有を本来の目的としており、著作権に関する法整備もその方向にある。この理念は、1986年、オルセー美術館が約3万5000点の所蔵作品を非営利目的でデジタル化したときに実現され、コンピュータ・テクノロジーに関連したオープンソースやフリーウェア(無償のソフトウェア)の思想とも通じている。デジタル化された美術作品の画像や情報も、高い公共性を有しているという点では、旧来の美術作品と変わりはない。
[暮沢剛巳]
『マルロオ著、小松清訳『空想の美術館』(1957・新潮社)』▽『京都造形芸術大学編『情報の宇宙と変容する表現』(2000・角川書店)』▽『坂村健著『21世紀日本の情報戦略』(2002・岩波書店)』▽『水越伸著『デジタル・メディア社会』(2002・岩波書店)』