コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

デスピオ デスピオ Despiau, Charles

4件 の用語解説(デスピオの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

デスピオ
デスピオ
Despiau, Charles

[生]1874.11.4. モンドマルサン
[没]1946.10.28. パリ
フランスの彫刻家。 15歳頃から彫刻家を志し,1891年パリに出て,装飾美術学校とエコール・デ・ボザールに学ぶ。 1907年のサロンに出品した少女の胸像『ポーレット』がロダンに認められ,以後7年間ロダンの助手として働く。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

デスピオ(Charles Despiau)

[1874~1946]フランスの彫刻家。ロダンに認められて石彫の助手となる。のち、古典的で静穏な作風を示した。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

デスピオ

フランスの彫刻家。モン・ド・マルサン生れ。奨学金を得てパリの装飾美術学校,次いで国立美術学校に学ぶ。1898年サロンに初出品。1907年《ポーレット》でロダンに認められ,助手になる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

デスピオ
ですぴお
Charles Despiau
(1874―1946)

フランスの彫刻家。モン・ド・マルサンに生まれる。1891年パリに出て装飾美術学校と美術学校に学んだのち、彫刻家リュシアン・シュネッグ(1864―1904)に師事。サロン出品作『ポートレート』で認められ、1907年から14年までロダン晩年の助手をつとめた。しかし、ロダンの情念的な装飾表現からは離れ、単純化した面の構成による静謐(せいひつ)な造形を追求し、ギリシアの古典に学びながらも、近代的な知性を感じさせる。絵葉書の着色などで生計をたてながら、近所の人たちをモデルに制作した『ドラン夫人』『クラクラ』など滋味あふれる肖像のほかに、晩年には『アッシア』などの大作も手がけた。[三田村右]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デスピオの関連キーワードオンド・マルトノオンドマルトノフェルディナンドEマルコス焼け止まるかどまるDiamond money!ドマル ソフナー バルサムドマル バルサムウールドマル バルサムデリケートドマル フロッティー バルサムリピッド

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone