日本大百科全書(ニッポニカ) 「トビケラ」の意味・わかりやすい解説
トビケラ
とびけら / 飛螻
飛蛄
石蚕
caddisfly
caddis
昆虫綱トビケラ目の昆虫の総称。毛翅類(もうしるい)(目)ともいう。「飛螻」や「飛蛄」の語は成虫由来の名称で、幼虫は絹糸を分泌することから「石蚕」の語をあてる。また、幼虫はイサゴムシ、ゲナ、セムシなどの俗称もある。世界中に広く分布し、総計は約1万種で、昆虫のなかでは中程度の種数をもつグループ。トビケラ類は、鱗翅(りんし)類(チョウやガ)と共通の祖先から起源したと考えられている。
[谷田一三]
形態
成虫の翅長は5~40ミリメートル程度の小・中形の種類が多い。全体にガ類に似ているが、鱗粉は未発達で、口器の発達も弱い。触角は細長くて棒状。前翅の形は三角形に近く、はねの色は褐色や黒色などじみな種類が多い。完全変態し、幼虫はイモムシ形。頭部と胸部の一部はキチン化し、触角はきわめて短い。3対の胸肢は強く、水中での運動に適する。腹部末端には、さまざまな形の尾肢がみられる。水中での呼吸器官として、胸部、腹部、肛門(こうもん)部にえらの発達している種類が多い。
[谷田一三]
生態
鱗翅類の多くが、全生活期を陸上で過ごし、生きている植物を餌(えさ)とするのに対して、トビケラ類の多くは、幼虫期や蛹(よう)期を淡水中で過ごし、落ち葉、藻類、ほかの動物を餌とする。鱗翅類では成虫期の適応放散が著しいのに対して、トビケラ類では幼虫期の放散が著しい。幼虫は、河川の源流、水たまり、湖や大きい川まで、いろいろな陸水域に生息する。陸生の幼虫やサンゴ礁に生息する幼虫も知られている。トビケラの祖先が陸水域に進出したのは中生代三畳紀とされ、同じ水生昆虫であるカワゲラ類やカゲロウ類に比べ、地史的には遅い。しかし、トビケラ類は、絹糸様の分泌物を用いた網や巣づくりの習性を発達させることによって、多様な生息場所に生活圏を広げてきた。
シマトビケラ属Hydropsycheやヒゲナガカワトビケラ属Stenopsycheなどは、造網性トビケラnetspinning caddisと総称され、幼虫は河川の礫底(れきてい)に固着巣と網を張り、水中を流れてくる有機物を餌とする。網や巣の形や網目の大きさは種類によって異なり、たとえばオオシマトビケラ属Macronemaの幼虫は、10マイクロメートル程度の微細な網目の網で、微小植物プランクトンを漉(こ)して餌とする。ナガレトビケラ属Rhyacophilaなどは、幼虫期には巣や網をつくらないが、蛹化時には巣室(繭)をつくる。エグリトビケラ属Limnephilusやニンギョウトビケラ属Goeraなどは、植物片や砂粒をつづり合わせて筒状の可携巣をつくる。巣の形や巣材は種類の判別に役だつ。
幼虫期に比べて、蛹期と成虫期は、それぞれ10日前後と短い種類が多い。成虫期にはほとんど餌をとらない。ガ類と同様、夜間灯火に集まる種類が多い。ヒゲナガカワトビケラS. marmorataは、数キロメートルも河川に沿って遡上(そじょう)飛行をするといわれるが、一般に移動力はそれほど大きくない。はねの退化した成虫が、アフリカのタンガニーカ湖やロシア連邦のバイカル湖などから報告されている。渓流には多くの種類が生息し、個体数も多く、生態系の重要な構成者である。とくに肉食性渓流魚(イワナ、ヤマメなど)のおもな餌である。
[谷田一三]
利用
川釣り、とくに渓流釣りの餌として、幼虫・成虫ともによく使われる。クロカワムシとよばれるものはヒゲナガカワトビケラの幼虫。毛鉤(けばり)やフライのモデルには、カゲロウ類に次いでトビケラ類がよく使われる。食用は、信州のザザムシとよばれる佃煮(つくだに)が唯一の例であろう。これもヒゲナガカワトビケラがおもな材料で、冬季脂肪ののったときに採取される。ニンギョウトビケラG. japonicaの筒巣は大黒石(いし)または人形石(いし)とよばれ、江戸時代から名物、土産(みやげ)として珍重されてきた。
シマトビケラの幼虫は、ときには水力発電所の導水路に大量に巣をつくり、通水阻害をおこすため発電害虫とされる。やや有機汚濁の進んだ河川では、オオシマトビケラやコガタシマトビケラ属Cheumatopsycheが大発生し、周辺民家に成虫が飛来し、害虫視される。
トビケラ類は、河川や湖沼の水質汚濁の指標として重要なグループで、汚濁の少ない水域に生息する種が多いが、シマトビケラのなかにはやや有機汚濁の進んだ水域で大発生する種がある。
[谷田一三]