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トルンカ Trnka, Jiří

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トルンカ
Trnka, Jiří

[生]1912.2.24. ピルゼン
[没]1969.12.30. プラハ
チェコスロバキアのアニメーション作家。人形を素材とするパペット・アニメーションの第一人者。第2次世界大戦後チェコスロバキアが映画事業を国家管理としたとき,プラハのアニメーション制作所の美術監督となったが,1947年の『チェコの一年』 Špalíčekからパペット・アニメーションに手を染め,独自の世界を確立した。『シュベイク二等兵』 Dorý voják Švejk (1955) と,シェークスピアの戯曲を原作とする『夏の夜の夢』A Midsummer Night's Dream (59) は最高傑作とされている。 63年チェコスロバキア人民芸術家に選ばれた。絵本の挿絵画家としても著名で,68年には国際アンデルセン大賞を受賞。

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百科事典マイペディアの解説

トルンカ

チェコスロバキアのアニメーション作家。ボヘミア地方プルゼニ生れ。プラハ工芸美術大学卒業。挿絵画家,舞台美術家,人形劇団主宰者で,1945年に国立映画アニメーション・スタジオ主任となった。
→関連項目川本喜八郎

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世界大百科事典 第2版の解説

トルンカ【Jiři Trnka】

1912‐69
チェコスロバキアの生んだ人形アニメーション作家。子どものためのメルヘン,おとなのための風刺劇,静謐(せいひつ)な詩的世界,壮大な史劇,不気味なSF,中世艶笑譚など,20年間に及ぶ映画活動期間に幅広く奥深い作品群を残した。 本来優秀な挿絵画家であり,人形作家であったトルンカは,まず〈セル・アニメ〉に取り組み,世界に類例のないグラフィック・アートを用いた《贈り物》(1946)をつくって注目を集め,アメリカのスティーブン・ボサストウやユーゴのドゥーシャン・ブコチッチなどに大きな影響を与えたが,トルンカ自身は〈セル・アニメ〉の表現の可能性に疑問を抱くと同時に,動画の作画工程で自分の絵の味わいが損なわれる点に不満をもち,人形劇の体験を生かして,前人未踏の人形アニメーションの世界をつくりあげた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トルンカ
とるんか
Jii Trnka
(1912―1969)

チェコスロバキアで活躍したアニメーション作家。チェコ出身。人形アニメの巨匠として知られるが、手がけた素材はセル、切り紙など多岐にわたっている。挿絵画家、絵本作家でもある彼は、最初セル・アニメを数本製作、『贈り物』(1946)では、当時としては斬新(ざんしん)なグラフィック・アートを用い、アメリカのS・ボサストーなどに影響を与えた。1947年以降、人形が主流になり、『皇帝の鶯(うぐいす)』(1948)、『バヤヤ』(1950)、『チェコの古代伝説』(1952)などの東洋的幽幻美に満ちた諸作、風刺的な『善良な兵士シュヴェイク』シリーズ(1954)や『手』(1965、遺作)、華麗な『真夏の夜の夢』(1959)など、いずれもアニメーション映画史に残る逸品ぞろいである。[森 卓也]

資料 監督作品一覧

おじいさんの砂糖大根 Zasadil ddek epu(1945)
動物たちと山賊 Zvtka a petrovt(1946)
バネ男とSS Prk a SS(1946)
贈り物 Drek(1946)
チェコの四季 palek(1947)
皇帝の鶯 Csav slavk(1948)
コントラバス物語 Romn s basou(1949)
悪魔の水車小屋 ertv mln (1949)
草原の唄 rie prrie(1949)
バヤヤ Bajaja(1950)
楽しいサーカス Vesel Cirkus(1951)
金の魚 O zlat rybce(1951)
チェコの古代伝説 Star povsti esk(1952)
おじいさんの物々交換 Jak staeek mnil, a vymnil(1953)
二つの霜 Dva mrazci (1954)
善良な兵士シュヴェイク1 コニャックの巻 Dobr vojk vejk : Z Hatvanu do Halie(1954)
善良な兵士シュヴェイク2 列車騒動の巻 Dobr vojk vejk : vejkovy nehody ve vlaku(1954)
善良な兵士シュヴェイク3 堂々めぐりの巻 Dobr vojk vejk : vejkova budjovick anabase(1954)
クターセクとクティルカ Kusek a Kutilka(1954)
フルヴィーネクのサーカス Cirkus Hurvnek(1955)
真夏の夜の夢 Sen noci svatojnsk(1959)
電子頭脳おばあさん Kybernetick babika(1962)
天使ガブリエルと鵞鳥夫人 Archandl Gabriel a pan Husa (1964)
手 Ruka(1965)

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世界大百科事典内のトルンカの言及

【アニメーション映画】より

…さらにナチ強制収容所を背景に,極限状況下の人間性をえぐり出した〈切紙アニメ〉の《点呼》(1970)の作家リシャルド・チェカワも注目されたが,のち劇映画に転じた。 〈ヨーロッパの人形芝居のゆりかご〉といわれるチェコでは,みずから人形劇団を主宰していたJ.トルンカが,1945年,国立映画アニメ・スタジオ(プラハ)の主任となって独自の人形アニメの世界を築き上げ,長編《皇帝のナイチンゲール》(1948),《バヤヤ王子》(1950),《真夏の夜の夢》(1959)や《二等兵シュベイク》シリーズ(1951‐55),中編《天使ガブリエルと鵞鳥夫人》(1965)などで,人形映画のアニメートの壁を破ったみごとなテクニックを開拓して,〈第四次元の映画世界〉〈第8芸術〉(ジョルジュ・サドゥール)とまで呼ばれ,彼の下からは,チェコ人形劇の代表的キャラクターであるシュペイブルとフルビーネックをアニメ化した《探偵シュペイブル氏》(1956),《フルビーネックの夢》(1955)の演出を担当したブシェティスラフ・ポヤールが育った(ポヤールは59年に一本立ちし,《猫の話》(1960)などで〈切紙アニメ〉にも手を染めた)。首都プラハの国立映画アニメ・スタジオを本拠地としたトルンカ,ポヤールらに対し,モラビアのゴットワルドフ(現,ズリーン)に設立された国立人形映画スタジオを拠点とするカレル・ゼーマンと女流作家ヘルミナ・ティルロバは,実写の人間と人形を〈共演〉させる作品に独自のスタイルを築いた。…

【チェコスロバキア映画】より

… ナチス占領下のチェコスロバキア映画には見るべきものがなく,45年,プラハ解放直後,映画の国営化が定められ,国立映画学校FAMUがプラハに開校した。そして,47年,カレル・ステクリーKarel Steklý監督の《シレーナ》がベネチア映画祭でグラン・プリに輝き,人形アニメーションの巨匠イルジ・トルンカの《チェコの一年》が国際的な評価を得たときから,戦後のチェコスロバキア映画が始まる。後者の流れはさらに実写とグラフィックなアニメーションを合体させたカレル・ゼーマン(1910‐ )の《悪魔の発明》(1958),《狂気の年代記》(1964)などに受け継がれ,発展していく。…

【人形劇】より

…人形劇映画はポーランドやチェコなどで発達し,中国も1949年の解放後,力を入れて製作している。妖精物語,コメディ,ドラマなどに分けられるが,ポーランドのW.ハウペ,チェコのJ.トルンカらは人形劇映画の創始者で,トルンカは《兵士シュベイクの冒険》をつくった。またシェークスピアの《真夏の夜の夢》にゴム製人形を用い,長編カラー映画がチェコで製作されている。…

※「トルンカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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