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トレーズ トレーズ Thorez, Maurice

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トレーズ
トレーズ
Thorez, Maurice

[生]1900.4.28. ノワイエルゴドー
[没]1964.7.11. 黒海
フランス共産党の指導者。 12歳のとき鉱山労働者となり,1919年社会党に加わり,20年共産党に移った。以後急速に指導的地位に上り,30年党書記長,32年下院議員,34年人民戦線結成に助力。

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トレーズ
トレーズ
Torez

1964年までチスチャコボ Chistyakovo。ウクライナ東部,ドネツク州の都市。州都ドネツクの東約 60kmにある。ドンバス (ドネツ炭田) の採炭中心地の一つであるが,電気機械,食品などの工業もある。

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デジタル大辞泉の解説

トレーズ(Maurice Thorez)

[1900~1964]フランスの政治家。フランス共産党書記長。人民戦線の結成に尽力。第二次大戦中はソ連に亡命、帰国後、副首相兼国務相に就任。自伝「人民の子」。

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百科事典マイペディアの解説

トレーズ

フランス共産党の指導者。炭鉱夫出身。1930年党書記長として実権を握り,1936年以後引き続き書記長。人民戦線結成を成功させ,下院議員ともなり,30余年間党を指導。

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世界大百科事典 第2版の解説

トレーズ【Maurice Thorez】

1900‐64
フランス共産党の指導者。パ・ド・カレー県の炭鉱夫の子で,自身も炭鉱夫出身であった。第1次世界大戦後の1919年にフランス社会党に入党,翌年同党が分裂し共産党が成立するとともにこれに参加した。以来しだいに党内で地位を高めてゆき,30年党書記長となり,とくに人民戦線における共産党の指導者として国際的にも名を高めた。第2次世界大戦期,工兵として動員されたが脱走し,43年ひそかにモスクワに赴いた。フランス解放後の44年12月帰国し,当時レジスタンスを通じて勢力を強大化していた共産党の指導にあたった。

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大辞林 第三版の解説

トレーズ【Maurice Thorez】

1900~1964) フランスの政治家。1930年にフランス共産党の書記長となり、人民戦線の結成に尽力。第二次大戦中は地下抵抗運動を指導、戦後は国際共産主義運動の重鎮として活躍。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トレーズ
とれーず
Maurice Thorez
(1900―1964)

フランスの政治家。共産党指導者。北フランスのパ・ド・カレー県に炭坑夫の子として生まれる。若くして共産党に参加し、同党の内紛にも助けられて1930年には事実上の書記長(正式には1936年から)に就任した。1932年以来代議士でもあった。社会民主主義が当面の主要敵であるとの当時のコミンテルンの方針に忠実であった彼は、1934年、社共統一戦線を主張したドリオを除名した。その直後、コミンテルンの戦術変更を受け入れ、社会党に反ファシズム統一戦線を呼びかけたばかりか、同年秋には急進社会党も含む「パンと自由と平和の人民戦線」を提唱して結局これを実現した。1936年の総選挙ではラジオで「フランス国民の団結」を呼びかけ、共産党の大躍進の原動力となった。こうして同年成立した人民戦線内閣に対し共産党は入閣を拒んだが、同時におこった未曽有(みぞう)の工場占拠ストライキに対しては「すべてが可能ではない」としてこれを鎮静させた。1939年の独ソ不可侵条約ののちコミンテルンが再度方針を変更すると、これに従って第二次世界大戦の初期にフランス軍を脱走し、終戦までモスクワにとどまった。フランス解放後の1944年に帰国した彼は、革命を期待する党員にドゴール臨時政府への協力を呼びかけ、自ら1945年11月第二次ドゴール内閣に国務相として入閣した。翌年のドゴール退陣後もグーアン、ビドー、ラマディエの諸内閣の副首相を務め、冷戦の進展により1947年5月ようやく下野した。1964年5月、ワルデック・ロシェに書記長の地位を譲り、同年7月ソ連に病気治療に赴く途中、ソ連船上で急死した。1937年に初版を出しその後再三内容を改めた自伝『人民の子』のほか、多くの報告、演説を集めた著作集がある。[平瀬徹也]
『北原道彦訳『人民の子』(1979・大月書店)』

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