コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ドップラー ドップラーDoppler, Albert Franz

7件 の用語解説(ドップラーの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドップラー
ドップラー
Doppler, Albert Franz

[生]1821.10.16. レンベルク
[没]1883.7.27. ウィーン近郊バーデン
オーストリアフルート奏者,指揮者,作曲家。オーボエ奏者の父から教育を受け,1847年ブダペスト歌劇場の首席フルート奏者,58年ウィーン宮廷歌劇場の首席フルート奏者ならびにバレエの指揮者,65年からウィーン音楽院のフルート科教授をつとめた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ドップラー
ドップラー
Doppler, Christian Johann

[生]1803.11.29. ザルツブルク
[没]1853.3.17. ベネチア
オーストリアの物理学者。ウィーン工科大学に学び,プラハ国立工業大学数学教授 (1835) を経て,ウィーン大学教授 (50) 。光の振動数と光源の速度との関係を説くドップラー効果を提唱。これはのちに音の現象にも適用された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

ドップラー

オーストリアの物理学者。ザルツブルクとウィーンで学び,1841年プラハ国立工業大学教授,1850年ウィーン大学教授。1842年音と光についてドップラー効果の存在を提唱,これにより二重星などの光の色の変化を説明。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ドップラー【Albert Franz Doppler】

1821‐83
オーストリアのフルート奏者,作曲家,指揮者。レンベルク(現,ウクライナリボフ)に生まれ,13歳のときウィーンでデビュー。弟のカールとともに演奏旅行を行った後,ハンガリーペストに移り,管弦楽団で首席フルート奏者を務め,オペラを作曲。1865年よりウィーン音楽院でフルートを教えた。代表作《ハンガリー田園幻想曲》は,とくに日本に愛好者が多い。弟カールKarl(Károly) Doppler(1825‐1900)もフルート奏者,作曲家,指揮者として知られ,おもにハンガリーで活動し,1865年から98年にはシュトゥットガルトで宮廷楽長を務めた。

ドップラー【Johann Christian Doppler】

1803‐53
オーストリアの物理学者。ザルツブルクに石工の息子として生まれたが,病弱であったため石工になることをあきらめ,1822年から4年間ウィーンの工芸学校に通った。35年にはアメリカ移住を決意してミュンヘンまでいったが,結局プラハの州立中等学校の数学と会計学の教授職につき,その後41年には,プラハの国立工業大学に移り,基礎数学と実用幾何学の教授となった。42年に,《二重星と若干の他の天体の色光について》と題する論文を発表し,その中で観測される波の振動数が,波の伝搬する媒体に対する波源の運動や観測者の運動に関係すること,すなわちドップラー効果の存在を明らかにし,さらに46年の論文では,波源と観測者双方が同時に運動する場合へ拡張した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

ドップラー【Christian Johann Doppler】

1803~1853) オーストリアの物理学者。音響および光学現象について研究。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

ドップラーの関連キーワードブロートンボーキサイト花崗岩嵐璃寛銚子醤油メキシコ美術教養小説アイスランド火山噴火千葉ののり長久保赤水

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ドップラーの関連情報