固体中にある原子核が、反跳せずに共鳴吸収または散乱する現象。この現象を1958年に発見したメスバウアーにちなんで名づけられた。
単原子分子の気体のような単体の原子核がγ(ガンマ)線を放出して励起状態から基底状態に遷移するとき、原子核は放出するγ線の運動量だけ反跳を受ける。原子核が受けた反跳によって放出されるγ線のエネルギーE0は、E02/2Mc2(Mは原子核の質量、cは光速)だけ減少する。この反跳エネルギーは、原子核から放出されるγ線のエネルギーが比較的高いために、原子核の共鳴線幅に比べて100万倍程度と著しく大きい。また、単体の原子核がγ線を吸収する場合には、同じエネルギーが失われる。このために、単体の原子核どうしのγ線による共鳴現象の観測はむずかしい。一方、原子核が固体中に束縛されている場合には、その束縛によって原子核の質量Mを周りの原子を含めた質量として、すなわち原子核の質量Mが見かけ上大きくなったとみなすことができる。このとき、γ線を放出する際に原子核から放出されるγ線が、反跳によって失われるエネルギーは共鳴線幅程度まで小さくなり、反跳を伴わない原子核の共鳴現象として観測することができる。この現象をメスバウアー効果とよぶ。
メスバウアー効果は、191Irという原子核で初めて観測された。原子核が固体中にある場合に観測され、一般に物質が硬くなる低い温度ほど起こりやすい。また、反跳エネルギーが小さいほどその観測が容易なことから、γ線のエネルギーが比較的小さく原子核の質量が比較的重いほうがより容易に観測することができる。このため、比較的重い希土類元素などの原子核において多くの観測例が知られている。これまでに、約40種類の元素、約80種類の原子核で観測されている。
メスバウアー効果は、原子核の共鳴線幅が非常に狭いために、共鳴が観測されるエネルギーに対して10億分の1未満の小さなエネルギーの変化まで測定することができる。この狭い共鳴線幅を利用して、原子核の状態変化などによる非常に小さな変化を観測することが可能である。物質中で原子核を取り巻く電子は、物質固有の磁場や電場勾配などを原子核位置につくり出し、超微細相互作用とよばれる電子との相互作用を通じて原子核の状態を変化させる。このような原子核の状態の変化は、原子核や物質の性質を調べることに使用されている。メスバウアー効果で観測可能な超微細相互作用には、アイソマー・シフト(異性体シフトともよばれる)、核四極子相互作用や核ゼーマン分裂がある。アイソマー・シフトでは原子核位置での電子密度の変化によって原子核のエネルギー準位が変化するために、基準物質からのエネルギー準位差を検知することによって原子の価数を知ることができる。核四極子相互作用では、電子が原子核位置につくる電場勾配によって原子核の準位が分裂するので、価電子の結合状態や電子の軌道占有状態などを知ることができる。核ゼーマン分裂は、電子が原子核位置につくる内部磁場とよばれる磁場によって原子核に生じる準位の分裂のことである。鉄(Fe)などの磁性原子では、原子核位置に周りの電子がつくり出す内部磁場の大きさから、結晶内で磁気的に周期配列した磁気モーメントの大きさを知ることができる。このような超微細相互作用による準位の分裂やシフトは、メスバウアー・スペクトルとして観測され、吸収線の本数や強度比から観測された超微細相互作用の種類、原子核位置での電場勾配、磁場の向き、を知ることができる。このほかに、無反跳分率とよばれる、ある物質中でのメスバウアー効果の観測確率は、メスバウアー効果を起こす原子核が物質にどれだけ強く束縛されているかを反映するので、原子レベルでの物質の硬さを知ることができる。
メスバウアー分光を用いた研究は、室温でメスバウアー効果の観測が可能で、長寿命の線源の入手が容易である57Fe、119Sn、151Euという原子核で多くの報告がある。長寿命の線源が得られない原子核では、化学的に安定な物質に陽子や中性子などを照射して線源を作成したり、あるいは加速器で生成した原子核を物質中に埋め込むことにより、メスバウアー効果の測定を行い、原子核や物質の性質を調べる手段として利用されている。このほかに、放射光とよばれる強力なX線を、原子核から放出されるγ線のかわりに使用して観測することも可能である。この手法では、前述の電子と原子核による超微細相互作用のほかに、メスバウアー効果を起こしている原子核が物質中でどのように振動しているかについて調べることができる。
また、メスバウアー効果は微量分析、たとえば鉱物や隕石などの分析にも利用されている。火星探査のローバー(探査車)に、掌に載るほどの小さな実験装置を搭載し、火星の岩石などの分析も行われている。
[筒井智嗣]
R.L.メスバウアーによって1958年に発見されたγ線の無反跳放射・吸収による共鳴現象。原子の励起状態から基底状態への遷移に伴って放出される光の場合は,同種の原子に入射すると共鳴散乱が起こるが,原子核から放出されるγ線の場合はそのエネルギーが大きく,放射・吸収の際原子核に与える反跳エネルギーが,原子核準位の幅より大きくなってしまうので,一般に共鳴現象はみられない。例えば,57Coのβ崩壊で作られる57Feの第一励起状態(励起エネルギーE0=14.4 keV,準位幅4.5×10⁻9eV)から基底状態への遷移を考えると,57Fe核が独立に一つあるときは,反跳エネルギーE02/2Mc2=2×10⁻3eV(Mは核の質量,cは光速度)を57Fe核に与えるためγ線のエネルギーはE0より小さくなって共鳴は起こらない。ところが,原子核が結晶の中に束縛されているときは,反跳エネルギーが小さく,あるいは0になり(Mが実効的に大きくなる,Meff → ∞)共鳴吸収が起こり得る。これがメスバウアー効果である。無反跳になるための条件は,反跳エネルギーが結晶格子の振動を励起するエネルギーに比べて小さいことである。格子振動のデバイ模型に従うと,kθD>E02/2Mc2である(kはボルツマン定数,θDはデバイ温度)。金属鉄の場合kθD=3.7×10⁻2eVであるので,その中に57Feが束縛されているときはメスバウアー効果が観測される。57Feの第一励起状態は,励起エネルギーが小さく準位幅も広いのでもっともメスバウアー効果が起こりやすいものの一つである。
メスバウアー効果の適用範囲を広げるには吸収体を極低温に冷却するなどの努力が払われている。無反跳吸収の条件が満たされると,線源をγ線の方向に前後に動かしてドップラー効果によりそのエネルギーを変えてやり共鳴吸収あるいは散乱を観測することができる。共鳴線の自然幅は励起状態の幅で決まる狭い幅であるため,種々の応用が開け,メスバウアースペクトロスコピーが展開されている。吸収体あるいは線源中の核に働く場によって共鳴線が分離したりその位置や形が変化することを利用して,原子核の核モーメントの決定や,結晶中の内部場の研究など,原子核研究,物性研究に広く応用されている。
執筆者:中井 浩二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
原子核がγ線照射を受けて共鳴的に励起されるとき,結晶格子点にある原子核は周囲の結晶場の束縛のため,γ線の吸収の際に,通常,失う反跳エネルギーの損失がない場合がある.このような原子核の無反跳共鳴吸収(または散乱)をメスバウアー効果という.1958年,ドイツのR. Mössbauerが 191Ir について見いだした.γ線源には試料(吸収体)となる原子核の励起エネルギーに等しいγ線を放射するアイソトープ(同位体)を用いる.実際の測定では,線源と吸収対を cm s-1~mm s-1 程度の相対速度で振動させ,その速度を変化させることにより,共鳴スペクトルが得られる.これをメスバウアースペクトルという.その共鳴線の幅は励起準位の幅の2倍に相当する.線源または吸収体に内部磁場または内部電場勾配があるときは,共鳴線が数本に分岐する.磁場による分岐は原子核のゼーマン効果に相当する.また,線源と吸収体の化学状態によって,共鳴線の位置(相対速度)が移動する.これを異性核シフトという.メスバウアー効果は150 keV 以下のγ線で,線源および吸収体の温度がデバイ温度より低いときに起こる.デバイ温度が室温より低いときは,実験は低温で行わなければならない.このようにして得られた情報から,固体中の結合に関して,原子配置,電子状態などの知見が得られる.
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