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ドブロリューボフ ドブロリューボフ Dobrolyubov, Nikolai Aleksandrovich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドブロリューボフ
ドブロリューボフ
Dobrolyubov, Nikolai Aleksandrovich

[生]1836.2.5. ノブゴロド
[没]1861.11.29. ペテルブルグ
ロシアの評論家。聖職者の家庭に生れ,神学校を卒業後,ペテルブルグの中央高等師範学校在学中から,当時の革命的民主主義の潮流に立つ批評活動を開始し,『同時代人』誌の編集に参加。卒業後は『同時代人』の同人となり,文芸批評欄の責任者として N.チェルヌイシェフスキーとともに同誌の思想的方向を決定した。

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デジタル大辞泉の解説

ドブロリューボフ(Nikolay Aleksandrovich Dobrolyubov)

[1836~1861]ロシアの批評家。革命的民主主義の立場から文学の社会的、政治的意義を主張。ナロードニキにも大きな影響を与えた。著「オブローモフ主義とは何か」など。

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百科事典マイペディアの解説

ドブロリューボフ

ロシアの批評家。雑誌《現代人》によって,革命的民主主義の立場から鋭い文芸評論を書いた。《オブローモフ気質とは何か》(1859年),《今日という日はいつ来るか》(1860年),《打ちのめされた人々》(1861年)など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ドブロリューボフ【Nikolai Aleksandrovich Dobrolyubov】

1836‐61
ロシアの文芸批評家。ニジニ・ノブゴロド(現,ゴーリキー)の司祭の家庭に生まれ,ペテルブルグ高等師範学校に在学中,チェルヌイシェフスキーの知遇を得て反政府主義的な雑誌《現代人》の編集に参加。文芸批評の欄を担当し,《闇の王国》(1856),《オブローモフ気質とは何か》(1859),《打ちのめされた人々》(1861)等の論文を書き,農奴解放前夜の革命派の指導者として活躍した。秘密結社土地と自由〉(第1次)の組織にも関与し,農民蜂起による専制政治の打倒と農奴制の廃棄とを画策した。

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大辞林 第三版の解説

ドブロリューボフ【Nikolai Aleksandrovich Dobrolyubov】

1836~1861) ロシアの評論家。文学の社会的また、政治的意義を主張した急進的論評によって青年を感化した。主著「オブローモフ主義とはなにか」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドブロリューボフ
どぶろりゅーぼふ
Николай Александрович Добролюбов Nikolay Aleksandrovich Dobrolyubov
(1836―1861)

ロシアの批評家。司祭の子として生まれる。神学校を経てペテルブルグの師範学校を卒業。文筆活動はわずか5年間にすぎないが、『現代人』誌のチェルヌィシェフスキーにその文学的才能を評価され、唯物論、革命的民主主義の立場から、同誌に多数の文芸批評を発表した。文学を現実の再現ととらえ、その社会的意義を強調し、純粋芸術派を批判したが、作家に特定の世界観を要求せず、作品から世界観、哲学を引き出すのは批評家の仕事であるとして、両者の分業を主張した。ゴンチャロフ長編小説『オブローモフ』に余計者の最後をみた『オブローモフ主義とは何か』(1859)、オストロフスキーの戯曲のなかに民衆の革命的覚醒(かくせい)の予兆を認めた『闇(やみ)の王国における一条の光』(1860)、ツルゲーネフの『その前夜』に革命の曙光(しょこう)を待望した『その日はいつ来るか』(1860)などが代表作である。それと同時に農奴解放前夜の革命的情勢期には、自由主義者の政治的欺瞞(ぎまん)性を暴露する辛辣(しんらつ)な論文を連載、そのためにツルゲーネフをはじめとする作家たちが『現代人』から脱退、物議を醸した。過労がもとで肺患を患い25歳で病没するが、真の民衆革命を目ざす彼の情熱的な評論は、後のナロードニキたちによって愛読された。ほかに詩集も残している。[渡辺雅司]
『金子幸彦訳『オブローモフ主義とは何か? 他一編』(岩波文庫)』

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