ロシア連邦西部,中央ロシア丘陵にはじまり,南流してアゾフ海にそそぐ川。長さ1870km,流域面積42万2000km2。はじめトゥーラ市東方の中央ロシア丘陵北部(モスクワの南約200km)から南に流れおち,丘陵の東端沿いに南下してボロネジ付近で平野に出,ついで南南東に向きを変えてボルガ川に接近する。この地点にツィムリャンスク貯水池,発電所,ボルガ・ドン運河の入口がある。ついで南西~西に向きを変えて広い平野を緩流,右岸からセベルナヤ・ドネツ川を合わせ,ロストフ・ナ・ドヌー,アゾフの両市を過ぎて,340km2の三角州をつくりアゾフ海にそそぐ。ロストフでの平均流量は935m3/s。上流部で11月初旬~翌年4月中旬,下流部で12月初旬~3月下旬まで結氷する。中流以下は河流がきわめてゆるやかなため,〈静かなドン〉という雅称をうけている。アゾフ海から1600km,すなわちボロネジの上流まで航行可能で,また1952年,ボルガ・ドン運河の開通によって,ドン川からモスクワやアストラハンへの直通航路がひらかれた。ショーロホフの《静かなドン》には,この川の流域の風物が美しく描かれている。
執筆者:渡辺 一夫
ドン川は古来,アゾフ海沿岸と現在のロシア連邦の中央諸地域とを結ぶ重要な商業路であった。すでに前4,前3世紀にはドン川の河口,現在のアゾフの場所にギリシアの植民市が存在しており,ドン川を通じての商業活動が行われていた。その後東スラブ人など諸民族によるこの流域一帯での居住地の建設がすすむが,7~9世紀にはハザル国の支配下にあった。さらに11世紀からはドンの下流域にはポロベツ人が居住し,そして13世紀に入ると流域一帯はキプチャク・ハーン国の支配下におかれた。その後のロシア史に強い影響を及ぼしたこの〈タタールのくびき〉は,14世紀末にようやく取り払われた。モスクワ大公ドミトリーは,1380年ドン川の上流クリコボの地においてモンゴルの軍隊を敗走させたのである。これにより彼はドミトリー・ドンスコイ(ドン川のドミトリー)と呼ばれた。
その後ドン川の歴史に新しい要素をもたらしたのが,15世紀におけるコサックの登場である。元来はロシアの諸地域からの逃亡農民であったコサックは,16世紀に入ると軍団組織の共同体を形成した。ドン川とその支流のセベルナヤ・ドネツ川,メドベジツァ川,ホピョール川などの流域にはコサック村が築かれ,17世紀末までにその数は120をこえた。コサックは農業に従事せず,漁業や狩り,そして近隣諸地域やときには黒海,カスピ海にまで足を延ばしての略奪的行為をもっぱらとした。ロシア政府は,コサックに自治的な諸権限を認め,定期的に貨幣や武器,そして穀物や塩を供給したが,トルコ,ポーランドとの戦争においては,彼らを動員した。だがドンのコサック内部の対立や不満は,ときにロシア全土に波及する反乱となって爆発し,ときの政府を震撼(しんかん)させた(1670-71年のラージンの乱,1707-09年のブラービンの乱)。18世紀を通じてコサックの自治は大きな制約をうけ,19,20世紀には彼らは,ツァーリズムによる革命運動抑圧の道具として利用された。他方,ドン川の諸流域には,18世紀からは農業が浸透し,人口も著しく増加した。さらに19世紀後半からの資本主義の発展は,ドネツ炭田を中心とする工業地帯の成立をもたらしたのである。
執筆者:土肥 恒之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ヨーロッパ・ロシアを流れる川。古代ギリシアではタナイスTanais川とよんだ。長さ1870キロメートル、流域面積42万2000平方キロメートル。年間流量は約29.5立方キロメートル。中央ロシア台地の東斜面に発し、初め南流する。ボロネジを過ぎるとしだいに東方に向きを変え、広い河成平野をつくる。人造湖ツィムリャンスク湖を経て西流し、ロストフ付近より下流に広大な三角州をつくりながらアゾフ海のタガンログ湾に流入する。ボロネジ川、ホピョール川、メドベディツァ川、ドネツ川、マニチ川などの支流がある。流量の多くは融雪水で、春季に増水する。平均勾配(こうばい)が約1万分の8ときわめて緩く、とくに中流部以下では数百メートルの流路幅を有してゆっくりと流れるので、「静かなドン」といわれる。11月上旬~12月上旬から、3月下旬~4月中旬まで結氷する。
漁獲量は多く、キャビアの産地として知られる。結氷期と夏季の減水期を除き、河口から1355キロメートル上流のゲオルギウ・デジまで、春の増水期にはさらに235キロメートル上流まで船が通る。ツィムリャンスク湖の上流端からボルガ・ドン運河が通じ、穀物や石炭などの重要な水上輸送路となっている。ツィムリャンスク湖の水は発電、灌漑(かんがい)などにも利用される。
[熊木洋太]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
中央ロシア高地に源を発し,アゾフ海に注ぐ大河。全長約1870km,42万2000km2の流域面積を持っている。古代ギリシアの文献にはタナイス川として出ている。16世紀以降,中・下流域にカザークの自治区がつくられ,17世紀には南部国境の防衛の第一線になったが,しばしば農民暴動の震源地にもなっている。ソ連時代に運河によってヴォルガ川と連絡された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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