ナスル朝(読み)なするちょう(英語表記)Nar

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ナスル朝」の意味・わかりやすい解説

ナスル朝
なするちょう
Nar

イベリア半島最後のイスラム王朝(1232~1492)。首都名をとってグラナダ王国ともいう。半島からムワッヒド朝の勢力が消滅後、コルドバセビーリャキリスト教徒の手に落ちたので、ムハンマド1世はカスティーリャの王への貢納に同意しつつグラナダ建国した。北方のキリスト教諸国とモロッコマリーン朝との力の均衡を保つという巧みな外交政策により独立を維持した。イスラム国家としての意識が強く、キリスト教徒支配地からのムスリム亡命者を保護し、アラビア語を公用語とした。西方イスラム文明の中心地として学問、芸術の輝きは失われず、ワジール(宰相)でもあったイブン・アルハティーブらの偉大な学者を輩出し、またアルハンブラ宮殿が建てられた。アラゴンとカスティーリャ両国の合併で勢力を強めたキリスト教徒によって滅ぼされた。歴史家イブン・ハルドゥーンは一時この王朝の使臣として仕えた。

[私市正年]

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改訂新版 世界大百科事典 「ナスル朝」の意味・わかりやすい解説

ナスル朝 (ナスルちょう)
Naṣr

イベリア半島最後のイスラム王朝。1230-1492年。首都名をとってグラナダ王国ともいう。カスティリャ王国に貢納しながら,北方のキリスト教徒と北アフリカイスラム教徒(ムスリム)との力の均衡を保つという巧みな外交政策により独立を保った。イスラム国家という意識が強く,キリスト教徒支配地からのムスリム亡命者を保護し,アラビア語を唯一の公用語とした。国家は集約的農業,手工業,交易により繁栄し,学芸を保護したので,イブン・アルハティーブのような偉大な学者が輩出し,また首都グラナダにアルハンブラ宮殿が建てられた。アラゴンとカスティリャ両国の合併により強化されたキリスト教徒の国土回復戦争により滅ぼされ,最後のナスル家の者はモロッコに逃げた。イブン・ハルドゥーンが,一時この王朝の廷臣であった。
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百科事典マイペディア 「ナスル朝」の意味・わかりやすい解説

ナスル朝【ナスルちょう】

イベリア半島最後のイスラム王朝(1230年―1492年)。キリスト教徒の国土回復戦争(レコンキスタ)によりコルドバが奪われた後,ナスル族のムハンマドがグラナダに建てた王朝で,その国家をグラナダ王国という。グラナダにはアルハンブラ宮殿を建立し,西方イスラム文明の中心地として繁栄したが,1469年のアラゴンとカスティリャの合併により勢力を増したキリスト教徒に敗れ,1492年ついにグラナダを明けわたし,最後の王家のボアブディル一族はモロッコへ逃亡した。
→関連項目グラナダ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ナスル朝」の意味・わかりやすい解説

ナスル朝
ナスルちょう
Naṣr

スペインの最後のイスラム王朝 (1232~1492) 。創始者ムハンマド1世 (在位 1232~73) はカスティリア王国や北アフリカのマリーン朝に款を通じて同朝の基礎を固めた。首都グラナダは,スペイン各地で滅びたイスラム諸王国の学者の集るイスラム文明の一中心地として栄え,歴史家イブン・ハルドゥーンも一時,同朝の外交官として活躍した。グラナダのアルハンブラ宮殿はイスラム建築の粋とうたわれている。スペインのキリスト教諸国が連合して強力になると同朝は次第に圧迫され,多くのイスラム教徒が北アフリカに逃れてスペイン=イスラム文化を移植した。 1492年グラナダがついにキリスト教徒の手におち,最後の君主がモロッコに亡命して同朝は滅亡した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ナスル朝」の解説

ナスル朝(ナスルちょう)
Naṣr

1232頃~1492

イベリア半島最後のイスラーム王朝。首都はグラナダ。メディナ系のムハンマド・ブン・ユースフが1232年頃ハエンの近くに小国を築いたのが起源で,37年または38年にグラナダに遷都した。カスティリャ王国に朝貢する一方,北アフリカのマリーン朝とも友好関係を保つという巧みな外交政策により,独立を保った。レコンキスタに対する最後の砦として北から亡命するイスラーム教徒を受け入れ,交易などで大いに繁栄したが,たび重なる内紛に加えて,1481年からカトリック両王の攻勢にあって,92年1月にグラナダは陥落した。

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旺文社世界史事典 三訂版 「ナスル朝」の解説

ナスル朝
ナスルちょう
Nasr

1230〜1492
イベリア半島最後のイスラーム王朝
首都名をとってグラナダ王国ともいう。ムハンマド1世の建国。アルハンブラ宮殿などすぐれた芸術を残した。北アフリカのベルベル人と通じ,カスティリャ王国にも朝貢し,スペインの封建勢力の抗争を利用して勢力を維持,1492年グラナダ陥落で北アフリカに亡命した。

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