ニンニク(読み)にんにく(英語表記)garlic

翻訳|garlic

改訂新版 世界大百科事典 「ニンニク」の意味・わかりやすい解説

ニンニク (葫)
garlic
Allium sativum L.

ユリ科の多年草。一名をオオニンニク,古名をオオビル(大蒜)ともいう。原産は,中央アジアまたはインドなどとする説もあるが,野生植物が発見されず明らかではない。鱗茎は扁球状に肥大し,放射状に着生した4~十数個の鱗片から成っている。鱗茎は白または帯紅色の被膜に包まれる。葉は扁平で長く先はとがり,青白色を呈する。花茎は円く高さ30~60cmに直立し,先端に散形花序をつけるが,花はつけず,先端に珠芽を生ずることもある。

 栽培は古く,エジプトではすでに王朝期以前から知られ,ギリシア・ローマ時代にもよく利用されていた。ネギ類のうちでもにおいが最も強いところから,忌むべきものとして,聖域の禁制品とされていた。古代ギリシア人の間でも,ニンニクを口にしたものは神殿に入ることを許されなかった。一方,古代ローマ人も強臭を嫌ったが,強精な成分があるとして,兵士や奴隷には食べさせたといわれている。現在の栽培は近東方面から地中海地方,インド,アフリカ,中国,韓国に多く,アメリカにも広がっている。日本では《本草和名》以後に記載がみられるところから,導入,栽培されたのは10世紀以前からのことといわれる。中国や韓国から渡ってきたとみられ,品種には早晩性があり,〈遠州極早生〉〈壱州早生〉〈6片種〉〈佐賀大ニンニク〉〈香港〉などがある。繁殖は種球(鱗片か珠芽)で行う。9月に種球を植え付けて翌年5月に収穫する。全国的に栽培されているが,茨城,長野,佐賀などの各県に多い。中国やインドでは生食することもあり,欧米でもラテン系の民族が好んで利用している。おもに鱗茎がケチャップやソース類などの調味料や,肉,魚の香辛料として利用される。最近ではガーリックパウダーとして加工され,調味料として広く使われている。また葉や若芽が野菜として利用される。ニンニクのにおいはアリルトリサルファイド(三硫化アリル)で,またビタミンB1を多く含んでいる。
執筆者:

ニンニクの薬効は古くから経験的に知られていたもので,日本でも平安時代には《源氏物語》帚木(ははきぎ)の巻に見られるように,〈極熱(ごくねち)の草薬(そうやく)〉とも呼ばれ,諸病の治療に用いられていた。室町時代以後は,夏の土用になると夏まけのまじないとして,ニンニクとアズキを水でのむならわしがあった。門口などにつるして疫病よけとする風は江戸初期から見られる。食用に関する文献が,江戸時代になるまでその食穢(しよくえ)について以外に見られないのは,強い臭気と仏教上の禁忌によるものと思われ,1643年(寛永20)刊の《料理物語》にいたって初めてニンニクを使う料理名が記載される。《江戸料理集》(1674)には鳥肉の汁の薬味やタニシのあえ物に使うとあり,においの強い材料や鳥獣肉の料理に使われたようである。ニンニクは油脂によくなじみ肉類のうまみを引き立てるので,スープ,いため物,煮込み物その他の肉料理などに多用され,日本でも第2次大戦後の洋風料理,中国風料理などの普及にともなって身近な食品になりつつある。
執筆者:

《日本書紀》の景行天皇条には,日本武尊が一箇蒜 (ひとつのひる)で山神の化身白鹿の目を打ち,そのために鹿が死ぬ話があるが,ニンニクの中でもとくに鬼邪を殺す効能をもつとされた独頭葫(どくとうこ)(《陳蔵器食経》)や,独子葫(《図経》)を連想させる。古代医術ではニンニクは風湿や水病を除き,山間の邪気であるところの瘴気(しようき)を去り,少しずつ長期にわたって食べれば血液を浄化し,白髪を黒くするほか,生で食べれば虫蛇を殺す効能があるが,一度にたくさん食べると目を損なうとされていた。このことは,白鹿が目を打たれて死に,その後,山越えする場合はニンニクをかんで人や牛馬に塗る,そうすると神の気に当たらないという《日本書紀》の記述に重なり合う部分が多い。
執筆者:

ニンニクには強烈な異臭にまつわる俗信が多い。古代フリュギアではニンニクのにおいのする者はキュベレの神殿に入れなかったといわれる。一方,ギリシアでは魔術を破る霊草として神聖視され,ホメロスオデュッセウスが魔女キルケのまじないを解くのに用いたと伝えている。イスラム圏にはエデンの園を出たサタンシャイターン)の左の足跡にニンニク,右の足跡にタマネギが生えたという伝説がある。イギリスでは幼児をいれたゆりかごにニンニクを飾り,取替子とすり換えようとする妖精よけにした。そのほかヘビ,サソリ,疫病を駆逐する強力な薬草として古くから各地で用いられた。ハローウィーン(万聖節の宵祭)にはこれを戸口につるして厄を払い,ペスト流行時には死体を清めるのに用いられた。吸血鬼よけの効能も,B.ストーカーの《ドラキュラ》などの作品でおなじみである。さらに大プリニウスは《博物誌》において,天然磁石をニンニクで擦れば磁力がうせると述べ,ディオスコリデスは《薬物誌》で,ヘビや狂犬による咬傷(こうしよう)や歯痛の特効薬としている。花言葉は〈勇気と力〉。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニンニク」の意味・わかりやすい解説

ニンニク
にんにく / 葫
大蒜
garlic
[学] Allium sativum L.

ユリ科(APG分類:ヒガンバナ科)の多年草。ガーリックの名でよばれることもある。鱗茎(りんけい)は強い辛味と特有の臭気があり、香辛料としまた強壮薬とするために栽培される。原生野生種は未発見であるが、キルギス砂漠地帯が原生地とみられている。栽培の歴史は古く、エジプト、ギリシア時代から栽培、利用があった。イスラムの神話では、悪魔が人間の堕落を見届けてエデンの園の外へ出たとき、左の足跡からニンニクが、右の足跡からタマネギが生えたという。中国へは西方から入り、胡(こ)の国からもたらされた植物という意味で葫の名がついた。日本へは古く中国から入った。鱗茎は球状に肥大し、白または紅色の薄膜に包まれ、内部は数個の小鱗茎に分かれる。葉は灰白色を帯びた緑色で、夏に枯れ、休眠する。しばしば葉腋(ようえき)にむかごをつける。地上茎は葉の間から伸び、茎頂に白紫色の花をつける。花序は鳥のくちばし状に伸びた長い包葉に包まれる。種子はできず、花の中に子苗ができ、これが地に落ちて繁殖する。秋に小鱗茎を植え付け、翌年の初夏に収穫する。現在よく栽培される品種はホワイト六片と壱州早生(いしゅうわせ)である。ホワイト六片は北日本で栽培され、主産地は青森県、壱州早生は西日本で栽培され、四国が主産地である。ほかに遠州早生などが昔から知られた品種である。

[星川清親 2019年1月21日]

文化史

古代ギリシアの歴史家ヘロドトス(前5世紀)によれば、ピラミッド建設に従事したエジプトの労働者が食したという。中国では、『爾雅(じが)』(前2世紀ごろ)に蒜(サン)の名がみえ、『博物志』(3世紀)は、ニンニクを中国に伝えたのは張騫(ちょうけん)(?―前114)とする。蒜(大蒜、小蒜、蒜子を含む)は、6世紀の『斉民要術(せいみんようじゅつ)』では26の料理に使用されている。日本にも古く伝わり、『古事記』に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国(あずまのくに)平定の際、足柄山(あしがらやま)の神が化けた白鹿(しろしか)を、蒜を投げて打ち殺した物語が載る。ニンニクに含まれるアリシンは栄養源になり、殺菌作用も強い一方で、強烈な臭(にお)いをもつ。ニンニクはこれらのとらえ方で、神聖視されたり、嫌われたりした。古代ギリシアでは魔術の女神ヘカテの供物に使われ、中世のヨーロッパでは吸血鬼を払う魔力があると信じられた。日本でもニンニクと縁をもつ神社があり、茨城県つくば市の一ノ矢八坂神社(いちのややさかじんじゃ)では旧暦6月7日の祭りにニンニク市(いち)が立つ。一方、古代の小アジアでは神々の母神シビリーCybele(ギリシア語Kubele)の神殿に、ニンニクを食べて入ることは許されなかった。仏教でニンニクを薬用以外に禁じたのは、釈迦(しゃか)がコーサラ国で説法中、臭気を気にして身の入らない尼がいたためであったと仏典は説く。ニンニクの語源となった忍辱(にんにく)は、もともと「辱めを忍ぶ」意味の仏教用語で、寺での食用を禁止された大蒜(おおひる)の隠語として使われていたのが、のちに通用名となった。

[湯浅浩史 2019年1月21日]


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食の医学館 「ニンニク」の解説

ニンニク

《栄養と働き》


 ニンニクはユリ科のネギ属で、わが国には中国から平安時代以前に渡来したと考えられています。
 代表的な品種はホワイト六片種で、旬(しゅん)は春から初夏にかけてです。ほかに若い葉を収穫した葉ニンニクや若い花茎を食用にする茎ニンニク(ニンニクの芽)があります。
 古代エジプトでは、ピラミッドをつくった作業員たちに強壮剤として支給されていたのがニンニクです。彼らが粗末な食生活にもかかわらず、重労働に耐えられたのはニンニクの効用のおかげともいえます。
〈ビタミンB1とにおいのモトが組み合わさり、スタミナ補給〉
○栄養成分としての働き
 ニンニクがスタミナ補給源として効果を発揮するのは、アリインという成分の働きによるものです。アリインはアミノ酸の一種であり、ニンニクを切ったりすりおろしたりすることによって、アリナーゼという酵素の作用でアリシンという成分にかわります。
 アリシンは硫化(りゅうか)アリルの一種で、体内でビタミンB1と結合してアリチアミンという物質になります。この物質がB1の吸収を促進し、スタミナ補給に役立つのです。ニンニク自体にもビタミンB1が豊富なので、疲労回復には最適な食品といえます。
〈動脈硬化、がんにも働くにおいのモト〉
 また、アリシンは血中コレステロールの上昇を抑える働きもあるので、動脈硬化予防にも有効です。
 ニンニクに含まれるアリシンその他の硫化アリル類には強力な殺菌作用もあり、かぜなどのウイルスにも効力を発揮します。
 ニンニクのにおい成分には、活性酸素を消去する強力な抗酸化作用もあります。
 におい成分の正体はアリシンなどの数十種類の硫黄化合物で、この硫黄(いおう)化合物に解毒酵素誘導(げどくこうそゆうどう)作用や抗酸化作用が認められているのです。したがって、がん予防の強い味方となってくれます。
 このにおい成分はネギ類の野菜に共通して含まれていますが、とりわけニンニクの抗酸化作用が際立っていることがわかっています。
 その他、スコリナジンという成分も重要な働きをします。これは新陳代謝(しんちんたいしゃ)を活発にし、食べたものを完全に燃焼させてエネルギーにかえてくれます。カリウムと相まって血圧を下げる作用もあるので、高血圧症改善や肥満予防に役立ちます。

《調理のポイント》


 料理の香り付けとして使うほか、丸ごとしょうゆ漬けや味噌漬けにしてそのまま食べてもいいでしょう。
 体力増進にはビタミンB1を含んだ食品、たとえば豚肉、カレイ、ダイズなどといっしょに。
 がん予防にはブロッコリー、カリフラワー、ハクサイ、ダイコンなどのアブラナ科の野菜と組み合わせると抗酸化作用がアップ。カリフラワーやブロッコリーはニンニクを効かせた油でソテーするだけでも、その効果が期待できます。
 ただ、生で一度にたくさんとると胃を荒らしたり、貧血を起こしたりします。
 生で食べるときは1日1片を目安に。加熱調理をしたものは1日3片程度が適量です。

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百科事典マイペディア 「ニンニク」の意味・わかりやすい解説

ニンニク

ガーリックとも。西アジア原産といわれるユリ科の多年草。オオニンニクとヒメニンニクとがあり,ふつう前者をさす。花茎は高さ60cm以上で,下部が鞘状になった扁平な葉を2〜3枚出す。夏,白紫色の散形花を開く。鱗茎は5〜6個の小鱗茎からなり,すりつぶすと強烈な刺激臭を発する。5〜6月に収穫。古くから香辛料,強壮剤として知られ,特に中国,朝鮮,西洋の肉料理では多く使用される。粉末にしたものをガーリックパウダーといい,広く調味料として利用。

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栄養・生化学辞典 「ニンニク」の解説

ニンニク

 [Allium sativum].ガーリックともいう.ユリ目ユリ科ネギ属の多年草.ネギ類の一種.スパイスとしても使い,野菜としても食用にする.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のニンニクの言及

【ネギ(葱)】より

…宮中の女房言葉ではネギを〈ひともじ〉といい,これに対してニラを〈ふたもじ〉と呼んだことが《大上﨟御名之事》に記されている。【槙 佐知子】
[ネギ属Allium
 ネギ属(英名garlic)は北半球を中心に約500種が知られている。属としてはよくまとまった群で,すべて植物体にニンニク様のにおいを有し,花は多数が散形花序をつくり,その花被片は1脈を有した小型で離生し,また花序を包む膜状の苞を有しているなどの特徴がある。…

※「ニンニク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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