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ネイサンズ Nathans, Daniel

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネイサンズ
Nathans, Daniel

[生]1928.10.30. アメリカ,デラウェアウィルミントン
[没]1999.11.16. アメリカ,メリーランド,ボルティモア
アメリカの微生物学者。デラウェア大学およびセントルイスのワシントン大学で学び,国立癌研究所,コロンビア・ブレスビー医療センターなどを経て,ロックフェラー大学客員研究員となった (1959~62) 。 1962年ジョンズ・ホプキンズ大学医学部微生物学助教授に就任,72年には微生物学部門の責任者をつとめた。 82年同大の分子生物学・遺伝学の教授に就任。 1971年,数種類の制限酵素を組合せ発癌性ウイルス SV40の DNAを切断し,その遺伝子構造を解明。分子遺伝学分野から発癌メカニズムを解明するうえで重要な功績を残した。 78年制限酵素の発見と分子遺伝学への応用により,W.アルバー,H.O.スミスとノーベル生理学・医学賞を共同受賞。

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百科事典マイペディアの解説

ネイサンズ

米国の分子生物学者。デラウェア大学卒。ロックフェラー大学のリップマンのもとでタンパク質生合成について研究。1967年ジョンズ・ホプキンズ大学教授。1969年から腫瘍ウイルスSV40の研究を始め,その解析に制限酵素を利用,はじめて制限酵素地図の手法を分子遺伝学に導入した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネイサンズ
ねいさんず
Daniel Nathans
(1928―1999)

アメリカの微生物学者。デラウェア州ウィルミントンに生まれる。デラウェア大学、ワシントン大学に学び、1954年博士号を取得した。ニューヨークのコロンビア・プレスビテリアン医療センター、国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)で医療に従事したあと、1959年にロックフェラー研究所(現、ロックフェラー大学)の客員所員となった。1962年ジョンズ・ホプキンズ大学の微生物学準教授、ついで1967年に教授となった。
 1960年代中ごろからウイルス性腫瘍(しゅよう)の発生メカニズムの研究を始めたが、ジョンズ・ホプキンズ大学の同僚H・O・スミスが制限酵素の分離に成功したことを知り、その制限酵素を研究に利用することにした。腫瘍ウイルスSV40のデオキシリボ核酸(DNA)を制限酵素によって11個の断片に分離し、次に断片の配列順序を決定し、遺伝子地図をつくることに成功した。この研究手法は分子遺伝学に大きな進歩をもたらし、遺伝子工学の基礎技術となった。この業績により、制限酵素の機能を解明したアルバー、およびスミスとともに1978年のノーベル医学生理学賞を受賞した。[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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