翻訳|biosynthesis
生体によって行われる合成的物質代謝をさし、簡単な化合物から複雑な化合物がつくられる。なお、生体抽出成分による生体外での反応も、これに含まれる。
生合成の主役は酵素であり、生体は外界から摂取した物質をもとに、多くの段階からなる酵素反応によって目的の物質、たとえばタンパク質、核酸、糖、脂質、ホルモン、アミノ酸などのほか、構造体である細胞質やリボゾームなどを形成する。すなわち、生理的には生物体が複雑な物質からより簡単な物質に分解する異化過程とは逆の意義をもち、生体構成物質のほか、必要成分の合成、補給、貯蔵に関与している。
一般的に生合成過程はエネルギー要求性であり、反応に際してはエネルギー供給反応と共役(連動しあう)し、呼吸や発酵などによって生ずる高エネルギーリン酸結合(ATPなど)を必要とする場合が多い。また生合成は、主として酵素反応であるから特異性に富むなど、酵素反応のもつ諸特性を示す。この性質を利用して実験的にも工業的にも種々の物質の選択的合成が可能である。生合成の過程は、放射性同位体(ラジオ・アイソトープ)を含む物質を与えて生成物の放射能やその分子内分布を測定したり、おもに微生物に対して種々の突然変異体を用い、その栄養要求性、貯蔵物質、接合体、共生現象などを観察して生合成過程を解析する遺伝生化学的方法などにより、中間代謝の解明が急速に進められた。
[景山 眞]
『大岳望著『新化学ライブラリー 生合成の化学』(1986・大日本図書)』▽『山中健生著『生化学入門』(1997・学会出版センター)』▽『畑中研一ほか著『糖質の科学と工学』(1997・講談社)』▽『左右田健次ほか著『タンパク質――科学と工学』(1999・講談社)』▽『丸山工作著『生化学入門』(1999・裳華房)』▽『大久保岩男・賀佐伸省編『コンパクト生化学』(2001・南江堂)』▽『猪飼篤著『基礎分子生物学1 巨大分子』(2002・朝倉書店)』▽『秋久俊博ほか著『資源天然物化学』(2002・共立出版)』
生体内で,簡単な化合物から複雑な化合物が作られることを生合成という。生合成されるものの例として,タンパク質,核酸,糖,脂質,補酵素,ホルモン,抗生物質,ヘム,ヌクレオチド,アミノ酸などを始め,構造体である細胞膜,リボソームなど多くのものを挙げることができる。
生合成は酵素を触媒として行われる。したがって,多くの生物におけるような1気圧,37℃前後の温度,中性付近のpHという温和な条件下であるにもかかわらず,さまざまな反応が進む。また,酵素の働きによるため特異性が高く,生合成の代謝系路は,一つ一つのステップが決まった化合物のみを反応させて,決まった化合物のみを生産する。また,酵素は非対称な立体構造をもつため,反応にあずかる化合物に関しても,右手と左手の関係にあるような構造の化合物(対掌体という)を区別できるのが生合成の特色である。たとえば,生合成されるアミノ酸はほとんどがL-型であり,糖はほとんどがD-型である。
一般に,生合成反応にはエネルギーの供給が必要であり,また物質を還元する反応が多く含まれている。この場合,エネルギー源としてはATP(アデノシン三リン酸)の分解反応が使われることが多く,還元剤としてはNADPH(還元型ニコチンアミドジヌクレオチドリン酸)が用いられることが多い。生体の基本物質のうちタンパク質,核酸,多糖は,いずれも単位となる単量体(それぞれアミノ酸,ヌクレオチド,単糖)が多数結合した重合体である。生合成では,これらの重合体に単量体をつなぐ延長反応に必要なエネルギーは,活性化された単量体(それぞれアミノアシル転移RNA,ヌクレオシド三リン酸,ヌクレオシド二リン酸に結合した単糖)によって供給される。これに対し,人工合成の高分子では,重合体の方の末端が活性化されていることが多い。
生合成はエネルギー的にも無理がなく,公害問題をおこすことも比較的少ない。この長所を生かして人類のために役だてることは,現在および将来の課題である。
執筆者:桂 勲
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