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ノーベル Nobel, Alfred Bernhard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ノーベル
Nobel, Alfred Bernhard

[生]1833.10.21. ストックホルム
[没]1896.12.10. イタリア,サンレモ
スウェーデンの化学者,技術者,事業家。ノーベル賞の提供者。発明家であった父の事業の消長のため,正規の教育は受けなかった。 1842年ストックホルムを去り,ペテルブルグで家庭教師について化学,諸外国語を学ぶ。その後パリ (1850) ,アメリカ (51) に学んでペテルブルグに戻り,父の工場で働いた。工場が破産して (59) ,スウェーデンに帰国し,ニトログリセリンの製造工場を興した。爆発事故 (64) で弟を亡くし,政府から工場閉鎖を命じられてからは,ニトログリセリンの持運び・取扱いの安全化の研究に着手,これがダイナマイトの開発につながり,67年特許を得た。 76年にはさらに高性能火薬である爆発ゼラチンを,90年頃には最初の無煙火薬を発明し,世界各地で爆薬製造工場を営み,巨富を得た。ただ彼は一生健康に苦しみ,独身を通して子供がいないことと,無煙火薬が戦争で猛威をふるっていることへの悔みから,95年に遺言を残した。このことから彼の遺産はノーベルの基金として,スウェーデン王立科学アカデミーに贈られた。

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百科事典マイペディアの解説

ノーベル

スウェーデンの化学技術者。ストックホルムに生まれ,ペテルブルグで教育を受け,爆薬,魚雷を製造していた父の家業を助けた。のち米国で機械工学を学び,1866年ダイナマイトを,次いで無煙火薬を発明。
→関連項目ダイナマイト無煙火薬

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世界大百科事典 第2版の解説

ノーベル【Alfred Bernhard Nobel】

1833‐96
スウェーデンの化学技術者,発明家,工業家であり,ノーベル賞の提供者。ストックホルムに生まれる。1842年にノーベル家はロシアのペテルブルグに移り,そこで50年までロシア人とスウェーデン人の家庭教師から個人教育を受けた。次いでドイツ,フランス,イタリア,北アメリカに遊学して化学や外国語を学び,アメリカでは機械工学を修めた。クリミア戦争(1853‐56)時に爆薬の製造に従事していた父親のエマニュエルEmanuelの事業を助け,戦後59年一家がスウェーデンに戻ってからは爆薬の改良に専念するようになる。

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大辞林 第三版の解説

ノーベル【Alfred Bernhard Nobel】

1833~1896) スウェーデンの化学技術者・事業家。ニトログリセリンとケイ藻土を混ぜたダイナマイトを発明。また、無煙火薬の発明製造なども行い、莫大な財を成した。遺言によってノーベル賞が創設された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ノーベル
のーべる
Alfred Bernhard Nobel
(1833―1896)

スウェーデンの化学者、企業家、ダイナマイトの発明者。ストックホルムに生まれ、1841年生地の小学校に入学、1842年家族とともにサンクト・ペテルブルグに移住、以後正規の教育を受けることはなかった。サンクト・ペテルブルグでは、ノーベルの関心をニトログリセリンに向けた化学者ジーニンらに個人教授を受けた。17歳でスウェーデン、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカへ2年間の修業に出て、化学や機械学、語学を学んだ。クリミア戦争(1853~1856)の間は父の軍需工場を手伝い、機雷の敷設など実際的な技術を学んだ。1863年ストックホルムに戻り、黒色火薬や綿火薬にかわる、ニトログリセリンの研究を父とともに開始した。
 ニトログリセリンは衝撃や摩擦で爆発するが、普通の火薬のように点火しただけでは爆発しない。これを爆薬に使うには安全で確実な爆発方法の開発が必要であった。ノーベルはヘレーネボルグに建てた実験所で50回を超える慎重な実験を行い、ニトログリセリンの爆発には全量を急激に爆発温度(170~180℃)に熱する必要があることを確かめた。1864年、密閉したニトログリセリンを起爆装置を使って爆発させることに成功、いわゆる「雷管」の特許を得た。このときの起爆剤は黒色火薬であったが、のちに雷酸水銀を使った。1866年、扱いにくい液体のニトログリセリンを固体状にするために、それを吸収させる固形物の実験を開始、1867年、珪藻土(けいそうど)にニトログリセリンをしみ込ませたダイナマイトを開発した。この間、ニトログリセリンの普及で爆発事故が相次ぎ、ノーベル自身弟を事故で失うなど多くの犠牲者が出て国際的物議を醸したが、彼は科学的、系統的な実験を繰り返した。1876年、より爆発力の大きいダイナマイトゴムを、1887年には200回以上の実験のすえ無煙ニトログリセリン火薬「バリスタイト」を開発した。
 ダイナマイトは、産業資本を成立させた欧米諸国の帝国主義への飛躍の時代に、鉄道・土木ならびに軍事技術上の貴重なエネルギー源となった。各国にダイナマイト工場が建設され、1886年世界最初の国際的特殊会社「ノーベル・ダイナマイト・トラスト」を創設、ノーベルは巨万の富を得た。彼自身は平和を愛し、科学の進歩に信頼を寄せていたといわれる。彼が生涯に各国でとった355の特許は広い分野にわたり、世界市民を自称し、1873年フランスに、1891年からはイタリアに居を構え、1896年12月サン・レモで死去。その膨大な遺産は、平和思想の普及と科学進歩のためにとストックホルム科学アカデミーに寄贈され、ノーベル賞が設けられた。[高橋智子]

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世界大百科事典内のノーベルの言及

【ダイナマイト】より

…名称は〈力〉を意味するギリシア語dynamisに由来。1866年A.B.ノーベルニトログリセリンの強力な爆発威力に着目し,これをケイ藻土に吸収させてニトログリセリンよりも安全なケイ藻土ダイナマイトを発明した。75年にはニトログリセリンとニトロセルロースを混ぜてゲル状にしたブラスチングゼラチン(ゲルダイナマイトまたはニトロゲルとも呼ばれる)を発明,これはケイ藻土ダイナマイトより強力で,現在のダイナマイトの基本型となった。…

【ニトログリセリン】より

…ニトログリセリンは,それまで使われてきた黒色火薬の7倍の威力があったが,黒色火薬と違って導火線で火をつけるだけでは燃えるのみですぐには爆発しない。A.B.ノーベルはニトログリセリンを確実に爆発させる雷管を発明して,ニトログリセリンおよびそれに続くダイナマイトの起爆方法を確立した。またニトログリセリン単独では危険すぎるので,ノーベルはそれを安全にして使えるケイ藻土ダイナマイト,ゼラチンダイナマイトを発明して,ニトログリセリンの爆薬原料としての地位を確立した。…

【ノーベル・インダストリーズ[会社]】より

…ダイナマイトの発明者A.B.ノーベルが建設した爆薬工場を前身とする爆薬製造会社。イギリスの化学会社ICI(インペリアル・ケミカル・インダストリー)社が1926年設立されたとき,母体となった4社のうちの一つ。…

※「ノーベル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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