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ハイデラバード Hyderābād

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ハイデラバード
Hyderābād

インド南東部,アンドラプラデーシュ州州都。州中西部,ムシ川 (クリシュナ川の支流) 河畔に位置。デカン地方の主要都市で,経済,文化の中心地。 1589年クトゥブ・シャーヒによって建設され,1724年からハイデラバード王国首都。独立後旧ハイデラバード州の州都,1956年からアンドラプラデーシュ州の州都となった。ムシ川南岸の旧市街には歴代スルタンの建てた宮殿やモスク,城門などが残る。 1591年に建てられた高さ約 55mの4つの塔をもつチャールミナールは,インド=サラセン様式ともいうべき建造物で,旧市街の中心となっている。北岸にはイギリス植民地時代に発展した新市街がある。道路,鉄道の要地で,特に穀類,綿花の集散が盛ん。紡績,綿織物,精米をはじめ,ガラス,たばこ,日用品などの軽工業が行われ,近年は電機,セメントなどの重工業も発達している。オスマニア大学,農業研究所,地域開発研究所などがある。人口 291万 4464 (1991) 。

ハイデラバード
Hyderābād

パキスタン南東部,シンド州,ハイデラバード県の県都。インダス川下流東岸に位置する。8世紀頃から繁栄し,15世紀にはシンド州南部の中心都市となった。 1783年からはタールプラー諸侯のもとで独立国の首都となったが,1843年イギリス軍に占領された。パキスタンの一大工業中心地で,繊維,セメント,砂糖,ガラス,石鹸の製造,精油,皮革加工などが行われる。旧市街には城址や古い建物が残り,大バザール (市場) が数ヵ所ある。シンド大学など学術・文化施設も多い。人口 75万 1529 (1981) 。

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デジタル大辞泉の解説

ハイデラバード(Hyderabad)

《「ハイダラーバード」とも》
インド南部、デカン高原中央部の工業都市。テランガーナ州およびアンドラプラデシュ州の州都。16世紀末にクトゥブシャーヒー朝の都として建設。インド独立時にインド亜大陸最大のニザーム藩王国の首都だった。そのためチャールミナールメッカマスジッドなどのイスラム建築が多く、1918年創立のオスマニア大学がある。人口、行政区364万、都市圏574万(2001)。
を首都とした、旧インド最大のイスラム藩王国。1724年ムガル朝から独立、1948年インド連邦に加入。支配層はイスラム教徒だったが、住民の大多数はヒンズー教徒。
パキスタン南東部、シンド州の商業都市。インダス川東岸にあり、シンド王国の首都として発展。綿紡・セメントなどの工業や宝石加工業が盛ん。周辺では米、綿花を産する。宝石加工、腕輪、刺繍などの伝統工芸が有名。人口、行政区117万(1998)。

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大辞林 第三版の解説

ハイデラバード【Hyderabad】

インド南部、デカン高原中央部にある都市。綿工業が盛ん。
パキスタン南東部、インダス川下流の東岸にある都市。水陸交通の要衝で、綿花・サトウキビの集散地。綿工業も発達。

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