ハナショウブ(読み)はなしょうぶ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハナショウブ」の意味・わかりやすい解説

ハナショウブ
はなしょうぶ / 花菖蒲
[学] Iris ensata Thunb.

アヤメ科(APG分類:アヤメ科)の多年草。日本に野生するアヤメ属植物の1種ノハナショウブを改良した園芸種。同じくアヤメ属のアヤメやカキツバタとよく似ており、間違えることが多いが、本種は、葉の中央脈が両側に稜(りょう)をつくって浮き出るのが特徴である。葉は2列に互生し、6~7枚で、長さ0.6~1メートル、剣状である。根茎は地表を横走し、頂芽に花柄をつける。花茎は高さ0.7~1.2メートルで、茎頂に2、3花をつけるが、下方で1、2本分枝して花をつける品種もある。3枚の萼片(がくへん)が大きくなった三英(ハナショウブでは花弁状のものを英とよぶ)咲き、花弁3枚も大きくなった六英咲きが普通であるが、弁数のより多い八重咲き、変わり咲きの品種もある。花径は15~25センチメートル、花色は紫色を基本とし、白、桃、薄紅色などがあり、これに絞りや覆輪の入るものがある。

[吉江清朗 2019年5月21日]

系統と品種

ハナショウブの改良、育成は江戸時代に始まり、その育成地ごとに江戸系、熊本の肥後(ひご)系、伊勢(いせ)松坂の伊勢系が発達し、この3系統のほかに、米国系、長井古種、交雑種の系統があり、現在に至っている。江戸系は三~六英咲きが主で、品種数がもっとも多く、じょうぶである。花菖蒲(はなしょうぶ)園の植え込みや切り花に適する。肥後系は六英咲きが主で、重厚な巨大輪が多く、鉢植え栽培に適する。伊勢系は三英咲きの大輪花が多く、花被片(かひへん)は垂れ弁で縮緬(ちりめん)じわがあり、優雅である。江戸系には揚羽清少納言、初紅(以上三英)、乙女鏡(六英)、霓裳(げいしょう)羽衣(八重)、肥後系には暁の園、源氏蛍(以上三英)、白妙、葦の浮舟、七彩の夢(以上六英)、眠り獅子(八重)、伊勢系には旭丸、美吉野、松阪司(以上三英)などがある。また米国系にはスカイ・アンド・ウォーター、長井古種には長井小紫、小桜姫、交雑種には愛知の輝、小夜の月などがある。

 早生(わせ)種から晩生(おくて)種まであり、早生種の開花は暖地では5月に始まり北海道では8月である。花菖蒲園の開花期間は1か月くらいである。

[吉江清朗 2019年5月21日]

栽培

花壇植えのほか鉢植えで観賞する。水中でも畑でもよく育つが、生育の旺盛(おうせい)な4~9月は水が入り、他の時期は乾くような場所が好適である。繁殖はおもに株分けによる。株分けは、花が終わったあと、花茎の下側の葉芽を分株して行う。根が少なく活着しにくいので、葉を半分くらい切除して栄養分の消失を防ぐ。植え付け後は十分に灌水(かんすい)する。また、春の発芽初期に数個の花芽をまとめて1株として植え付ける方法もある。元気に育っている株でも、数年たつと貧弱な花しかつけなくなるので、よい花を見るためには、毎年花期後に分球して一芽植えをする。なお便法として2年に1回数芽株の改植をする方法もある。

 肥料は植え付け前に、基肥として堆肥(たいひ)を十分鋤(す)き込む。また、春の発芽時にも油かすや化成肥料を十分施す。発芽後、とくに生育が悪い場合は適宜追肥するが、開花期直前の多量な追肥は花と茎、葉を軟弱にする。

 花期後の花殻は絶えず摘み取り、株に栄養分を蓄えるようにする。開花の終わった花茎は、地際から早めに切り取り、両側の葉芽に日が当たるようにする。

[吉江清朗 2019年5月21日]

病害虫

病害には地表の根茎が冒される軟腐(なんぷ)病と白絹(しらきぬ)病がある。地表が過湿で株間が狭くなると発生しやすく、大きな被害を与えるので注意する。畑作で長期間改植をしないと、長雨のときに白絹病が発生し、全滅することがある。年じゅう水中にあるのもよくない。生育期間中、水をかけておく場合は、浅水が絶えず流れている状態が最良である。また、連作を避けることが望ましい。葉の病気には葉枯病とさび病があるが、これには「ダイセンステンレス」を散布する。害虫はヨトウムシ、コガネムシの幼虫、メイチュウの害が主で、花茎を食い荒らすヨトウムシやメイチュウには「マラソン」乳剤を散布する。

[吉江清朗 2019年5月21日]

名所

各地に大小の花菖蒲園があるが、公の観賞施設としては、東京都葛飾(かつしか)区の堀切(ほりきり)花菖蒲園が、江戸時代にその母体が開設されたのが始まりである。現在は全国各地に名所があり、北海道の長沼花菖蒲園、山形県の長井あやめ公園、茨城県の水郷潮来(すいごういたこ)あやめ園、東京の明治神宮内苑(ないえん)、東京都葛飾区の水元(みずもと)公園、伊豆の修善寺(しゅぜんじ)自然公園、熊本県玉名市の高瀬裏川沿い、宮崎市の市民の森などがある。また、静岡県掛川(かけがわ)の加茂荘(かもそう)花鳥園花菖蒲園は品種が多く、株をすぐ購入できることでよく知られている。

[吉江清朗 2019年5月21日]

文化史

カキツバタがすでに『万葉集』のなかで詠まれているのに対し、ハナショウブははるかに遅れ、鎌倉時代の『拾玉集(しゅうぎょくしゅう)』(1346)の慈円僧正(じえんそうじょう)の歌に初めて名をみせる。江戸時代の元禄(げんろく)(1688~1704)のころから品種改良が進み、『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1695)は8品種であったのが、『増補地錦抄』(1710)では一挙に32品種に増えた。『地錦抄附録』(1733)には品種の一文字(いちもんじ)を「活花(いけばな)に入れてもしごくよし」との記述がみられ、いけ花に活用されていたことがわかる。旗本松平定朝(さだとも)は晩年「菖翁(しょうおう)」と号し、ハナショウブの改良に努め、天保(てんぽう)年間(1830~1844)に門人吉田潤之助がそれを熊本に伝え、肥後ハナショウブの基礎をつくった。ハナショウブの品種は幕末には200余りに達し、天保の初めには堀切(ほりきり)(東京都葛飾区)の菖蒲園が開かれた。明治神宮の菖蒲園は、1879年(明治12)堀切の江戸ハナショウブを移し、開設された。

[湯浅浩史 2019年5月21日]


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改訂新版 世界大百科事典 「ハナショウブ」の意味・わかりやすい解説

ハナショウブ (花菖蒲)
Japanese iris
Iris ensata Thunb.

日本で品種改良が進んだアヤメ科の多年草。庭園の湿地や池辺,鉢植え,切花に用いられ,また花菖蒲園として広く植栽されている。江戸時代にノハナショウブより改良され,その豊かな花色と大輪の花は欧米でもよく知られている。野生種のノハナショウブvar.spontanea(Makino)Nakaiは東シベリア,中国東北部,朝鮮,日本全域に自生し,山地や野原の湿地に見られる。葉は長さ30~60cmの線形剣状で中脈は隆起し,根茎は密な繊維で包まれ,赤紫や青紫色の花を高さ40~100cmの茎に通常は2花つけ,外花被片は楕円形で垂れ下がり,基部に黄のマークがある。内花被片は狭い長楕円形で直立する。花期は6月。

寛文年間(1661-73)に,尾張藩主徳川光友が江戸屋敷戸山荘にハナショウブを植えたのがはっきりした栽培の記録の初めであるが,それよりも200年以上も前から,ハナショウブの名が記されている。これはノハナショウブであると推定される。園芸書《花壇地錦抄》(1695)に8品種が,また《増補地錦抄》(1710)には40余品種が記されている。さらに天明年間(1781-89)松平定寛が改良を始め,その子松平左金吾(定朝,菖翁,1773-1856)は,安積沼のノハナショウブの実生から大輪花を得,約200品種と《花菖蒲培養録》を残した。享和年間(1801-04)に江戸の小高伊左衛門は,この品種を元に堀切菖蒲園を開園した。これは江戸の名所となり浮世絵にも描かれている。その後,天保(1830-44)から安政(1854-60)にかけて栽培が広がり,これらは江戸ハナショウブと呼ばれる。この江戸系の品種を1841年肥後藩主細川斉護が,菖翁から譲り受け,それが肥後ハナショウブの元となった。明治に入り熊本では〈満月会〉が結成され,肥後系を改良し門外不出としたが,西田信常が一部を譲り受け育種し,現在市販に見る肥後系の元を作った。別に伊勢の吉井定五郎(1776-1859)らが育種し,伊勢ハナショウブの基礎を作った。今日,花菖蒲園は小規模なところを除いても30ヵ所くらいが知られており,第2次世界大戦前に比べて盛んになっている。

日本で改良された3系統はそれぞれに特徴がある。江戸(東京)系は葉が直立性で,花茎は葉群より抽出し高性。花は外花被の3弁だけが発達したもの(3英という)や,内花被も外花被様に大きく発達したもの(6英という)があり,変化咲きもあるので,花は変化に富む。花色も豊富で早生。丈夫で集団栽培に適している。主な品種には初霜,座間の森,万里の響,寛政,御所遊などがある。肥後(熊本)系は葉が半ばより垂れ,花茎は少し抽出する。花は6英が主で雄大である。主な品種は玉洞(ぎよくとう),児化粧(ちごげしよう),不知火(しらぬい),石橋(しやつきよう),神楽獅子,松濤(しようとう),舞子の浜,殊勝などがある。伊勢系は葉は茎と同長で分枝せず丈が低く草姿は弱い。外花被は薄く下垂し,ちりめんじわになるものが多く,3英が主である。品種としては乙女,藤袴など。アメリカでも近年ハナショウブの品種改良が進められ,イマキュリット・グリター,シルバー・サーフ,ザ・グレート・モガール,ビジューエルド・モガールなど優れた品種が作出されている。現在,品種数は500以上にのぼり,さらに次々に新品種が発表されている。ハナショウブは,他種との交雑や倍数性を利用しないで品種改良が進められてきたが,近年になってキショウブとの雑種が作られ,ハナショウブにはなかった淡黄色の〈愛知の輝〉が1962年に育成された。しかし,これは不稔性でこの黄色を他の品種に移すことはできなかった。また,カキツバタとの雑種が75年に胚培養によって育成された。最近アメリカでは,四倍体のハナショウブの品種がいくつか発表されている。

湿地で花時に湛水(たんすい)状態にするか,普通の畑地や花壇で灌水を多くする。鉢植えは夏に腰水をするとよいが,元肥を入れてはならない。生育すると畑地同様,肥料を施す。繁殖は花後または秋に株分けする。品種改良は実生により,2~3年で開花する。
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百科事典マイペディア 「ハナショウブ」の意味・わかりやすい解説

ハナショウブ(花菖蒲)【ハナショウブ】

アヤメ科の多年草で,日本の代表的な初夏の園芸植物。日本各地,東アジアの山地草原に自生し,6〜7月に赤紫色の花を開くノハナショウブを栽培改良したもの。アヤメ,カキツバタとは剣状葉の中脈が著しく隆起している点で異なる。品種が多数作られたのは主として江戸時代以後で,江戸郊外堀切の菖蒲園で作られた江戸(東京)ハナショウブと,これから作出された花弁の幅が広く豪華な肥後(熊本)ハナショウブ,花弁が優美に垂れ下がる伊勢ハナショウブの3系統がある。いずれも野生種に比べると大輪で,花色も紫,白,淡紅,それらの絞り,覆輪があり,花型にも八重咲,獅子(しし)咲等がある。このほか長井古種と呼ばれる一群があり,原種のノハナショウブの趣を残す園芸品種群として知られている。さらに,ヨーロッパ原産のキショウブとの交雑により生まれた黄色花をつける園芸品種もある。鉢植,菖蒲田で観賞栽培され,株分けでふやす。
→関連項目アイリス

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハナショウブ」の意味・わかりやすい解説

ハナショウブ(花菖蒲)
ハナショウブ
Iris ensata var. hortensis; Japanese iris

アヤメ科の多年草。ノハナショウブ I. ensata var. spontaneaを原種として,日本で改良された園芸品種群で改良の歴史は 500年にも及ぶ。水辺などの湿ったところで栽培され,初夏に美しい花をつける。花色には紫,白,絞りなどがある。今日,各地の菖蒲園などで栽培されている品種数は数百をこえるが,改良の進んだ場所の名を取って東京ハナショウブ,伊勢ハナショウブ,熊本ハナショウブ (肥後菖蒲) などが有名である。

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世界大百科事典(旧版)内のハナショウブの言及

【シュクシャ】より

…芳香のある白い花をつけるショウガ科の多年草(イラスト)。分枝した地下茎から高さ1~2mの葉柄のまき重なった偽茎を出し,葉を2列に互生する。葉身は長卵形~長楕円形で有毛,長さ30~60cm。花序は茎頂から出て総状の花序をなし,緑色舟形の多数の苞につつまれる。花は約10cm近い長い花筒部を有し,広線形の花被片と白色で目だつ大きな平開する唇弁を有している。熱帯では周年,日本では夏から初秋にかけて咲く。原産地はインドからインドシナ半島のどこかであろうが,現在は切花や観賞用に広く栽培されている。…

※「ハナショウブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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