バアス党(読み)バアストウ

デジタル大辞泉 「バアス党」の意味・読み・例文・類語

バアス‐とう〔‐タウ〕【バアス党】

《〈アラビアal-Bàth》第二次大戦後、アラブ諸国に誕生したアラブ民族主義を標榜する政党シリアイラクの党は互いに対立しながらもそれぞれ政権を握った。レバノンヨルダンなどでも活動している。アラブ復興社会主義党。バース党
[補説]バアスは復興の意。

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精選版 日本国語大辞典 「バアス党」の意味・読み・例文・類語

バアス‐とう‥タウ【バアス党】

  1. 〘 名詞 〙 ( [アラビア語] al-Ba‘th から ) 第二次大戦後、一部のアラブ諸国に誕生したアラブ民族主義を標榜する政党。バアスは復興・再生を意味する。現在は、シリアで特に勢力を有している。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「バアス党」の意味・わかりやすい解説

バアス党
ばあすとう

シリア、イラクなどで活動した汎アラブ民族主義政党。正称はアラブ社会主義バアス党izb al-Ba‘th al-‘Arabī al-Ishtirākī(Arab Socialist Renaissance Party)。バアス(あるいはバース)は復興(ルネサンス)の意。1940年にシリアのダマスカスで秘密結社として結成され、1947年に正式発足した。結党当初はアラブ・バアス党を名のっていたが、1953年にアラブ社会(主義)党と合併し現在の党名に改称した。「単一のアラブ民族、永遠の使命を担う」をスローガンとし、「統一、自由、社会主義」という基本原則を掲げ、アラブ統一、植民地主義およびシオニズムからの解放、アラブ大衆による社会的公正の実現を目ざした。1950年代、ヨルダン、レバノン、イラクなどに勢力を拡大したが、エジプト・シリアの合邦(1958~1961年)に挫折(ざせつ)して以降、活動方針やイデオロギー解釈をめぐり党内対立が激化した。

 1963年にシリアで、1968年にイラクでクーデターにより政権を獲得したが、この党内対立は権力の一極集中を招き、1970年にシリアでハーフィズアサド政権が、1979年にイラクでフセイン政権が誕生すると、党は権威主義体制を維持するための道具と化した。イラクでは2003年のイラク戦争により、フセイン政権が崩壊、バアス党支配は終止符を打った。一方、シリアでは2000年のハーフィズ・アサドの死を受けて、次男のバッシャール・アサドBashshār al-Asad(1965― )が大統領に就任し、バアス党政権は維持された。しかし、2011年に「アラブの春」が波及すると、シリアは政権と反体制派との間で激しい内戦に突入し、欧米諸国、ロシア、イラン、トルコ、湾岸諸国介入を招くとともに、ヌスラ戦線やイスラミック・ステート(IS、イスラム国)といったアルカイダ系組織が台頭した。内戦は2020年に収束の兆しをみせたが、2023年10月に始まったイスラエルの軍事攻勢によって、パレスチナのハマス(ハマース)、レバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)、イランが打撃を受けるなか、これらと共闘していたアサド政権も疲弊していった。そして、2024年12月8日にアルカイダ系のシャーム解放機構(HTS。旧、ヌスラ戦線)を主体とする反体制派による大規模な進攻により、アサド政権は崩壊に追い込まれ、3日後の12月11日、バアス党は活動停止を宣言し、2025年1月29日、新政権によって党の解散が宣言された。

[青山弘之 2025年11月17日]

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