ペルシアの詩人。ハーフィズは「コーランの暗記者」を意味する。イラン南部の都市シーラーズに生まれ、こよなく郷里を愛し、生涯そこから離れなかった。幼くして父を失うが、かなりの学問を修めた。保護者との関係で生涯は三期に分けられる。シーラーズの支配者インジュー家のアブー・イスハーク王に仕えた1353年までの青年期、ムザッファル朝のシャー・シュジャー王に仕えた1384年までの壮年期、そして円熟期と晩年である。これらの時代的背景は作品によく現れている。乱世に生きながら心の平静と詩的想像力をけっして失うことはなかったが、青年時代に目撃した支配者交替の流血惨事は彼に大きな影響を与え、現世への不信と運命論が作品の基調の一つになった。ペルシア文学史上、叙情詩の最高詩人と評され、「神秘の翻訳者」「不可思議な舌」の異名でも知られる。
彼は自由奔放を旨とし、宗教の外面的束縛を無視し、神秘主義詩人として俗世を超越し、偽善的態度を激しく非難し、現世のできごとすべてを象徴的にみて作詩に努めた。現存のもっとも権威ある『ハーフィズ詩集』は495の叙情詩と若干の叙事詩を収める。彼の作品の最大の特色はすべてを象徴的手法によって作詩したことで、詩の真意をめぐって東西の学者で解釈が大きく分かれている。東洋の学者は神秘主義の立場から解釈するのに対し、西洋の学者は現実の見地から眺めている。そこでハーフィズの詩によく現れる酒や美女は、「神秘主義的な愛」「神」、現実の酒、美女とも解釈される。彼の詩集は中世以来「ハーフィズ占い」としても用いられ、今日に至るまでペルシア語文化圏でもっとも広く愛誦(あいしょう)されている。インド、トルコ、その他の国の詩人にも大きな影響を及ぼしたが、とくにゲーテの『西東詩集』が『ハーフィズ詩集』の強烈な感銘から生まれたことは名高い。
[黒柳恒男]
『黒柳恒男訳『ハーフィズ詩集』(1976・平凡社・東洋文庫)』
〈保持者〉〈護持者〉の意を表すアラビア語で,普通コーラン(ハディースを含める場合もある)を全部暗誦している者につける敬称である。かつては法学者の多くがハーフィズである場合が多かったが,彼らの伝記を集めた最古のものにザハビー(1274-1348)の《暗誦者列伝Tabaqāt al-ḥaffāẓ》がある。子どもがコーラン塾(クッターブ)に通ってコーラン全章の暗誦が終わると,家族の者はコーラン教師と学友を招いてハトマ(暗誦完了)の祝いをする。塾のコーラン教師はこのとき初めて相当額の謝礼を受け取ることができる。子どもは早ければ10~12歳くらいでハーフィズとなり,周囲の者からはシャイフ(長老)と呼ばれて敬意を表される。かつてのイスラム世界の教育の目標が,コーランで始まってコーランで終わったことを思えば,ハーフィズになった子どもはそれだけで将来を嘱望されたものである。イスラム社会では盲人がコーランを暗誦して,アズハル大学総長のような高い社会的地位にのぼる例もある。またハーフィズは敬称であるとともに単なる人名としても用いられる。
執筆者:飯森 嘉助
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1326~90
イランの著名な詩人。イラン南部シーラーズ出身。抒情詩人としてペルシア文学の最高峰に位し,イスラーム・スーフィズムを甘美な抒情詩で表現した。ゲーテの『西東詩集』に与えた影響は名高い。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…サーディーは不朽の名作《薔薇園(グリスターン)》と《果樹園》を作詩した教訓詩の最高詩人として名高い。 イル・ハーン国没落後,英雄ティムールの出現まで各地に地方王朝が栄えて宮廷詩人も復活したが,14世紀にシーラーズにおいて活躍した抒情詩の最高詩人ハーフィズは酒,恋,美女などをテーマに象徴主義手法を用いて作詩し,神秘主義思想と現実の両意に解釈できるように表現し,抒情詩を最高・完成の域に達せしめた。15世紀のティムール朝時代に文化の中心になったヘラートにおいては,古典時代の最後を飾る偉大な神秘主義詩人ジャーミーが現れ,神秘主義長編叙事詩《七つの王座》を作詩した。…
※「ハーフィズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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