日本大百科全書(ニッポニカ) 「ハーフィズ」の意味・わかりやすい解説
ハーフィズ
はーふぃず
Shams al-Dīn Muammad āfi
(1326ころ―1390)
ペルシアの詩人。ハーフィズは「コーランの暗記者」を意味する。イラン南部の都市シーラーズに生まれ、こよなく郷里を愛し、生涯そこから離れなかった。幼くして父を失うが、かなりの学問を修めた。保護者との関係で生涯は三期に分けられる。シーラーズの支配者インジュー家のアブー・イスハーク王に仕えた1353年までの青年期、ムザッファル朝のシャー・シュジャー王に仕えた1384年までの壮年期、そして円熟期と晩年である。これらの時代的背景は作品によく現れている。乱世に生きながら心の平静と詩的想像力をけっして失うことはなかったが、青年時代に目撃した支配者交替の流血惨事は彼に大きな影響を与え、現世への不信と運命論が作品の基調の一つになった。ペルシア文学史上、叙情詩の最高詩人と評され、「神秘の翻訳者」「不可思議な舌」の異名でも知られる。
彼は自由奔放を旨とし、宗教の外面的束縛を無視し、神秘主義詩人として俗世を超越し、偽善的態度を激しく非難し、現世のできごとすべてを象徴的にみて作詩に努めた。現存のもっとも権威ある『ハーフィズ詩集』は495の叙情詩と若干の叙事詩を収める。彼の作品の最大の特色はすべてを象徴的手法によって作詩したことで、詩の真意をめぐって東西の学者で解釈が大きく分かれている。東洋の学者は神秘主義の立場から解釈するのに対し、西洋の学者は現実の見地から眺めている。そこでハーフィズの詩によく現れる酒や美女は、「神秘主義的な愛」「神」、現実の酒、美女とも解釈される。彼の詩集は中世以来「ハーフィズ占い」としても用いられ、今日に至るまでペルシア語文化圏でもっとも広く愛誦(あいしょう)されている。インド、トルコ、その他の国の詩人にも大きな影響を及ぼしたが、とくにゲーテの『西東詩集』が『ハーフィズ詩集』の強烈な感銘から生まれたことは名高い。
[黒柳恒男]
『黒柳恒男訳『ハーフィズ詩集』(1976・平凡社・東洋文庫)』