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バグダード鉄道 バグダードてつどうBagdadbahn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バグダード鉄道
バグダードてつどう
Bagdadbahn

トルコのコンヤからバグダードを経てペルシア湾にいたる鉄道。 1903年バグダード鉄道会社設立以来,ドイツの3B政策の基軸として建設が進められたが,列強の反対と投資拒否にあって工事は遷延し,一方列強との交渉も停滞を重ねた。結局ドイツ政府が,アンカラ-バグダード間をコンヤ-バグダード間に変更し,またバスラ以南を放棄して,コンヤ-バスラ間約 1500kmとすることで,協定が成立した (1911~14) 。しかしこの協定の批准をみないうちに第1次世界大戦が勃発し,未完成に終った。なお広義には,1889年アナトリア鉄道会社設立にはじまるハイダルパシャ-アンカラ線およびエスキシェヒル-コンヤ線をも含む,ドイツの近東における鉄道敷設事業全体をさす。

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世界大百科事典 第2版の解説

バグダードてつどう【バグダード鉄道】

トルコのハイダル・パシャ(イスタンブールアナトリア側の対岸)からコニヤ,バグダードをへてペルシア湾に近いバスラに至る鉄道。支線を含めて総延長3225km。中東への進出を図るドイツは,1888年オスマン・トルコ政府から利権を得てアナトリア鉄道(ハイダル・パシャ~コニヤ,ただしイズミトまでは既設)の建設に着手した。1902年,これに続きコニヤ以遠のバグダード鉄道建設の利権を獲得。事業の中心は私企業のドイツ銀行で,同行ははじめ英仏資本の協力を得る計画であったが,第1次大戦前の国際対立の中で,三B政策を推進するドイツの国家的事業となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バグダード鉄道
ばぐだーどてつどう
Baghdad Railway英語
Bagdadbahnドイツ語

20世紀の初め、ドイツを中心とする国際資本により、トルコのアナトリア鉄道のハイダルパシャ―コンヤ間を延長して、コンヤ―バグダード(イラク)間に敷設された鉄道。
 1888年にドイツ銀行は、トルコ政府から小アジアにおける鉄道建設権を得た。しかし、アナトリア鉄道のうちハイダルパシャ―イズミット間はイギリス資本により建設されていたため、ドイツはイギリスから既設部分を買収し、89年にアナトリア鉄道会社を設立した。ドイツは92年にイズミット―アンカラ間を完成させ、96年にはイズミットからコンヤまでの路線を完成させた。98年のドイツ皇帝ウィルヘルム2世の東方旅行以後、ドイツは積極的に東方政策を推進し、同年から1903年にかけて、ハイダルパシャの築港権と、コンヤからバグダードを経てペルシア湾岸のバスラ(イラク)に至る鉄道敷設権を獲得、バグダード鉄道会社を組織した。これによりドイツは、陸路で中欧から中東に至る勢力圏を形成することになるため、同鉄道はドイツ三B政策の基幹とみなされて、イギリス、ロシアとの帝国主義競争激化の原因の一つとなった。その後、ドイツとイギリスの交渉で、1914年にドイツはバグダード―バスラ間の敷設権を放棄したが、第一次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)したため、仮調印に終った。大戦が終結した18年までにバグダード鉄道はコンヤ―ヌサイビン(トルコ)間とバグダード―ザマラ間とに敷設されていたが(全長3200キロメートルの約3分の2)、完成せず、その後トルコ共和国が建設を継承して、1940年に全通した。[岡部健彦]

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世界大百科事典内のバグダード鉄道の言及

【イラク】より

…正式名称=イラク共和国al‐Jumhūrīya al‐‘Irāqīya∥Republic of Iraq面積=43万5052km2人口(1996)=2142万人首都=バグダードBaghdad(日本との時差=-6時間)主要言語=アラビア語,クルド語通貨=イラク・ディナールIraqi Dinarアジア南西部の共和国。日本の奄美諸島から北関東とほぼ同緯度の北緯30゜から37゜の間に位置し,北はトルコ,西はシリアとヨルダン,南はサウジアラビアとクウェート,東はイランに境を接する。…

【三B政策】より

…98年になると,ウィルヘルム2世みずからイスタンブールのスルタンを訪問し,翌99年にコニヤからバグダードを経てバスラにいたる鉄道敷設権を得た。さらに1903年にバグダード鉄道会社を設立し,クウェートまでの鉄道敷設権およびその沿線の鉱山等の利権を加えた。こうしたドイツの東方進出はイギリスの三C政策やロシアの南下政策に対する脅威となり,1907年のイギリス,ロシアが三国協商に参加するきっかけとなった。…

【鉄道】より

…すなわち欧米列強は,植民地支配の強化と並んで,自国の勢力圏拡大のために鉄道利権の拡張をねらっていた。例えば,ドイツ帝国はベルリン,ビザンティウム(イスタンブール),バグダードを結ぶいわゆる三B政策の中核としてのバグダード鉄道の建設によって,イギリスのヨーロッパとアジアとを東西に結ぶ勢力圏に,南北の楔を打ち込むことを意図していた。アフリカでは,1856年エジプトに,66年南アフリカに鉄道が建設されたのち,鉄道利権はヨーロッパ各国の植民地分割の手段とされた。…

※「バグダード鉄道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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