日本大百科全書(ニッポニカ) 「バッカクキン」の意味・わかりやすい解説
バッカクキン
ばっかくきん / 麦角菌
[学] Claviceps purpurea (Fr.) Tul.
子嚢(しのう)菌類、バッカクキン目バッカクキン科の毒菌であるが、貴重な薬用菌でもある。分類学的な菌名では片仮名表記、薬物としては漢字を用いる。麦角とはこの菌がムギ類の穂につくる菌核をいい、形はバナナ形で、長さ1~3センチメートル、太さ2~4ミリメートル。表面は紫黒色で肉は白い。麦角は花が終わると地上に落ちて越冬し、翌年、ムギの開花期にここから数本の玉針状の子実体を出す。子実体は高さ1~2センチメートル、頭部は径1~2ミリメートル、黄褐色ないし紫褐色でつぶつぶを帯びる。表皮下にはラッキョウ形の子嚢殻が多数並んで埋まる。粒状にみえるのは子嚢殻の開口部で、ここから胞子が放出される。胞子は糸状で、子嚢内に8個ずつ収まる。飛散した胞子は、ムギの花の上で発芽して子房に侵入したあと、成長して乳白色の菌糸塊となる。その上に甘い蜜(みつ)液にくるまった無数の分生胞子がつくられる。蜜に誘われた昆虫は、胞子を体につけて花から花へと飛んでその伝播(でんぱ)を助ける。花に侵入した菌は成長を続け、角形の菌核(麦角)を形成する。
バッカクキンの宿主は、オオムギ、コムギ、ライムギ、カラスムギなどの栽培ムギのほか、カモジグサその他のイネ科の雑草であるが、薬用とされる麦角はライムギに人工的に接種して大量生産したものである。麦角の薬理作用は、おもに麦角アルカロイドによるものであり、子宮収縮剤、分娩(ぶんべん)促進剤、止血剤として用いられる。日本には野生菌はあるが栽培はしていないため、麦角は主として旧ソ連地域、スペインなどから輸入されている。牧草に麦角が大量に発生し、これを家畜が食べて中毒することがある。中毒症状は流産とか四肢の壊疽(えそ)となって現れ、しばしば致命的となる。昭和の初めころ、福島県北東部(梁川(やながわ)地方)の放牧地の家畜に流産や中毒死が相次ぎ、梁川病として恐れられたことがある。この原因も、牧草に麦角が多発したためであった。
[今関六也]