翻訳|pastel
乾性絵具の一種で,粒径をそろえた微粉の顔料を棒状に固めたもの。また,これを用いて描いた絵をいうこともある。成形助剤としてトラガカントゴムの薄い水溶液を加えたものが多いが,アラビアゴム,脱脂乳などを使うこともある。これらの添加物は顔料の定着にはなんら作用しないので,パステルで描いた作品は完成後に,透明な樹脂をアルコールで溶いた定着液(フィクサティフ)の噴霧によって固定し,さらに保存に当たっては表面をこすらないようパラフィン紙を挟んでおくなどの注意が必要である。成形剤の成分と添加量により,硬質と軟質ができる。硬質はおもに線描に適する。軟質は先端で線描,側面で色面を平塗りするほか,指頭や脱脂綿でこすってぼかしの効果が得られる。美術館などでは,平塗りやぼかしを使ったパステル画を,素描でなく絵画として分類しているところが多い。展色剤をまったく含まないので顔料自体の鮮やかさを保つことができ,粉っぽさが柔らかな色調を生むのが特色である。粉末を紙に直接つける形になるので混色や重色が技術的に難しく,複雑な色調を得るためには色数を多く用意する必要がある。専門家用は100~200色でセットされ,人体用,風景用など配色に偏りを与えたものが多い。濃色は有色顔料そのものであるが,多くの色は白土,炭酸カルシウムなどの白色顔料を添加して明るさを調整してある。広い面積の平塗りには適さず,画材の特色である淡色調を生かすために,色画用紙を用いることが多い。パステル画用紙は硬繊維の紙の方が色の付着がよく,専用紙は表面を大理石の微粉で加工してある。
pastelの語は〈練り固めたもの〉を意味するパスタpasta(中世ラテン語)から派生した。16世紀末から17世紀初めころに,従来使われてきた白,黒,茶の天然チョークの色数を増すために考案されたが,17世紀を通じてさほど重要視されず,チョーク類を一括してクレイヨンcrayon(フランス語)またはそれに相当する各国語で呼ばれていた。18世紀のフランス宮廷を中心にロココ美術が流行すると,その柔らかく華麗な色調が好まれてパステル画が絵画の一ジャンルとして独立した。おもに宮廷人たちの肖像や,風俗を描いたものが多く,ベネチアの女流画家カリエーラをはじめ,ラ・トゥールQuentin de La Tour(1704-88)やペロノーJean Baptiste Perronneau(1715-83),リオタールJean Étienne Liotard(1720-89)などが油彩画と匹敵する作品を残している。パステル画は一時すたれたが,19世紀末に印象派の影響下で,色の純粋さ,明るさ,混色の不必要などが再評価され,20世紀初頭にかけて多くの名作が生まれた。とくにドガやロートレックなどによるパステル画は即興的な効果をもつ絵画として新生面を示した。
執筆者:森田 恒之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
西洋画の画材の一種で、素描に用いられる。チョークの粉末などの顔料(がんりょう)を水溶性のつなぎ剤で固めたものを粘(ねば)りチョーク(人造チョーク)と総称するが、このうち比較的柔らかいものを一般にパステルとよぶ。しかし、素描が天然あるいは人造チョークのどちらで描かれたかを判別するのはむずかしく、単にチョーク、または色を特定して黒チョーク、白チョークのように表記するのが普通である。パステルと表記されるのは、多色で、この画材独特の粉っぽい柔らかさが明確なものに限られるようである。
パステル製造の試みは比較的早く、16世紀初めにはすでに素描に用いられていた。パステロpastelloということばが文献に登場するのは16世紀末で、このころにはイタリアのみならず、北ヨーロッパにも広まった形跡がある。しかし、18世紀までは硬質のチョークのほうが圧倒的に好まれた。パステルの発色材となる顔料は、具体的には絵の具のそれとほとんど同じだが、2、3種類の顔料の配合比を変えるだけで、驚くほど多くの色彩が生まれる。良質のパステルを得るための条件はむしろつなぎ剤にある。顔料はそれぞれ固有の粘性と固着性があるため、つなぎ剤は各顔料に応じて調整しなければならない。古い文献にみえるつなぎ剤の種類は実に多様で、しばしば神秘的ですらある。すなわち、砂糖飴(あめ)、アラビアゴム、トラガカントゴム(小アジア、ペルシアに産するマメ科植物の樹脂)、ミルク、ホエイ(チーズ製造時に凝乳から分離した液)、イチジクの樹液、ビール、麦芽汁、膠(にかわ)、獣尿、蜂蜜(はちみつ)、糊(のり)、焼石膏(しょうせっこう)などである。近代ではトラガカントゴムが基本的つなぎ剤となったが、今日ではメチルセルロースがそれにかわっている。
パステルの発色と柔らかさが素描作品に十分に発揮されるようになるのは18世紀になってのことで、とりわけフランスの画家たちに好まれた。19世紀後半、ドガはパステルによる絵画的な重厚な作品を生み出したが、ルノワール、メアリー・カサット、ロートレックらもこの画材を用いて優れた素描を数多く残している。パステルが多用されるようになった背景には、それ自体の質的向上のほかに、作品保存のためのフィクサティーフ(とめニス)の開発が考えられる。
[八重樫春樹]
『技法叢書編集室編『パステル画の用具と描き方』(1979・美術出版社)』▽『岡崎利雄著『パステル画の技法』(1981・雄山閣)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…アイヌ人が染料にしたといわれる。【村田 源】
[染料]
ヨーロッパではホソバタイセイが用いられ,染料名をパステルpastel,ゲードguèdeという。青色,媒染剤を用いると黒に近い青色をあらわす。…
…アイヌ人が染料にしたといわれる。【村田 源】
[染料]
ヨーロッパではホソバタイセイが用いられ,染料名をパステルpastel,ゲードguèdeという。青色,媒染剤を用いると黒に近い青色をあらわす。…
…広義にはパステル,コンテなどを含む棒状の画材一般を指すが,日本では,狭義にパラフィン,脂肪酸,木蠟などを溶融し顔料を混和させた棒状の色彩画用具を指し,主として子どもが用いる。古くはギリシア・ローマ時代に蠟と顔料とを混和させた着色材があったという。…
※「パステル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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