一般的には顔料と展色剤を練り合わせて作った彩色材料をいう。広義には白墨,木炭などのように顔料を押し固めたり,そのまま使えるもろい単体をも含める。少なくとも化学工業製品が世にあふれる19世紀初頭までは,ごく少しの例外を除いて,いずれの時代にも絵具の顔料は共通している。天然鉱石粉,泥土,金属(銅,スズなど)のさび類,動・植物染料がそのおもなものである。絵具の種類,性質は展色剤の違いによる。展色剤は顔料を支持体の面に広くひろげるのを助けるとともに,両者の接着剤として作用する。展色剤の性質により絵具は水性,油性,その他に大別できる。おもな絵具とその展色剤主成分を列挙すると次のようになる。
(1)水性絵具 水彩絵具およびグアッシュ(アラビアゴム+水),ポスター・カラー(にかわまたはデキストリン,エチレングリコール+水),テンペラ(卵またはカゼイン),フレスコ(石灰水),墨汁および岩絵具(にかわ液),水性アクリル絵具(アクリルエマルジョン)。
(2)油性絵具 油絵具(植物性乾性油+樹脂),ペンキおよびエナメル(乾性油または有機溶剤+樹脂),クレヨンおよびパス(蠟+乾性油),油性版画インク(乾性油),シルクスクリーン用インク(乾性油,アルキド樹脂など)。
(3)その他 パステル(展色剤なし。ただし棒状にする結合剤としてトラガントゴムを使う),鉛筆(展色剤なし。結合剤に粘土か樹脂),木炭,白墨,コンテ(展色剤・結合剤なし)。
人類最古の絵具には消炭や水で練った泥土が用いられた。これらには固着力が乏しく,こすれば消える。絵具の歴史は顔料の接着剤(展色剤)の歴史であり,その接着剤のさまざまな性質が多様な美の表現を生んだといえる。紀元前2000年代の絵具壺がエジプトやウル遺跡から出土しているが,展色剤は定かでない。フレスコはもっとも古い技法の一つで,おそらく穴居時代に石灰岩の壁面に水と顔料だけで描いた絵が完全に固着することを偶然発見し,それを技術的に発展させたものであろう。前20世紀のクレタに先駆例が残っているが,最盛期は後13~15世紀である。テンペラ,グアッシュ,岩絵具などは牧畜民が家畜の産物(卵,にかわなど)を利用して案出したと思われる。エジプトでは蜂蜜や蜜蠟も展色剤として用いた。蠟画はヘレニズム末期に多く描かれた。その後忘れられていたが,18世紀のポンペイ発掘によって再発見された。油絵具は古代ギリシア時代に地中海世界ではじめられた(油絵)が,実用に耐えるものになったのは12世紀以後である。水彩絵具は西欧での紙の普及と大きく関係し,16世紀以後に生まれた。水性アクリル絵具はもっとも新しく,1956年に初めて商品化された。
絵具の耐久性は主たる使用目的により異なる。美術専門家用の絵具は耐光性,耐候性,その他の変化に対する適応を考慮して作られているが,学童用,習作用,版下用などの絵具は作品の長期保存を前提としていないので,色は美しいが耐久性を欠くものがある。
執筆者:森田 恒之
中国,日本など東洋の絵画に使われる絵具は,主ににかわを接着剤として,石,木(板),紙,布などに用いられる。東洋の絵具は近年までそのほとんどを天然に産する鉱物,動物,植物に含まれる色素から作り,明治期以降化学合成顔料が少しずつ導入された。天然顔料のうち,とくに鉱物を砕いて粒子の大きさや比重の差を利用して水簸(すいひ)し精製した物を岩絵具と呼ぶ。これが東洋絵画の主要な絵具である。岩絵具は美しく堅牢だが,鮮やかな色の原料は,産出地や量が限られているために古代から貴重であり高価であった。その代表は群青(ぐんじよう)と呼ばれる青色の絵具で,中国産の良質な群青の高価なことは正倉院文書にも記載されている。群青の主成分は塩基性炭酸銅で,その微粒子のものをとくに白群といった。緑色の緑青も同じく銅の化合物で,原料は孔雀石である。赤色には朱が広く使われた。朱砂は天然に産する硫化水銀を砕いたもので,とくに良質なものを中国の産地名にちなみ辰砂(しんしや)と呼んで,そのまま顔料名ともなっている。朱は絵画において欠くことのできない絵具だが,古代には古墳の棺の内部に塗り防腐剤の役割も果たしている。また加熱して水銀を集め,金を溶かしあわせ仏像などの鍍金にも欠くことのできない重金属として,さかんに採集された。後世になると,水銀に硫黄を反応させて種々の色調の朱を作っている。赤色には他に酸化鉄を主成分とする朱土や岱赭(たいしや)などがあり,明るいオレンジ色の丹(たん)も古くから知られた。丹は四三酸化鉛を主成分とする。奈良時代の《絵因果経》に使われた赤色は丹である。黄色には酸化鉄から成る黄土と,ヒ素の硫化物の石黄があり,石黄は,雄黄や雌黄などとも呼ばれ強い毒薬としても使われた。白には白土,鉛白などがあり,白土はカオリンを含む陶土で壁画や木彫彩色など各所に古くから使われた。鉛白は塩基性炭酸鉛を主成分とするものだが変色することがあり,絵巻などの古典作品の顔の色が黒く変わっているのを見ることがある。
これらの岩絵具のほかに,赤色にはラックカイガラムシから色素を抽出したえんじ(臙脂),黄色にはガンボジ(海籐樹)の樹脂液から得る籐黄(とうおう)があり,青色には植物染料の藍を顔料として用いる。白色にはハマグリやカキの貝殻を焼いて作った蛤粉(ごふん)(胡粉)があり,主成分は炭酸カルシウムで,近世以降現代まで日本画で多用されている。また黒色には墨を用いる。墨はすすをにかわで練り固めたもので,中国で発明され加工改良が進んだ。東洋の絵具はこれに金,銀を加えるとそのほとんどであり,これらの数少ない色料を重ねたり混色したりしてさまざまな表現効果を生み出してきた。現在ではこれらの天然絵具に加え,化学合成された絵具が作られ,廉価で耐久性にすぐれたものが多種出ている。
執筆者:林 功
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…膠(にかわ)を接着材として天然産の色料(近代以降,人造色料も現れた)や墨を用いて表現される。明治以後,西洋伝来の油絵具を使う油絵(洋画)と区別して,これに対して用いられた言葉である。しかし現在,日本画は大きく変わりつつあり,新しい表現技術の採用などによって洋画との区別はつけにくくなってきている。…
※「絵具」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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