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ビシケク Bishkek

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビシケク
Bishkek

キルギスの首都。 1926年までピシペク Pishpek,1926~91年はフルンゼ Frunze。同国北部,キルギス山脈の北麓にあり,チュー川河谷の標高 750~900mに位置する。 19世紀初めコカンド・ハン (浩罕汗) 国の砦として建設され,1862年ロシア領となったこの地域一帯の行政中心地となった。 1878年市となり,1924年カラキルギス自治州の州都,1926年キルギス自治共和国の首都,1936年キルギス共和国の首都,1991年独立したキルギスタンの首都となり,フルンゼからビシケクに改称した。第2次世界大戦中,西部から疎開してきた企業により重工業が始まり,1960年代に工業生産が増大し,急速に発展。主要工業は農業機械,物理器具,繊維 (ケナフ〈植物繊維〉,梳毛,ラシャ) ,食品 (食肉,製粉,ワイン) ,たばこなどである。またキルギスの文化,教育の中心地として,オペラ,バレエ,人形劇などの劇場,住居博物館,農業,工科,医科,教育,体育などの大学,科学アカデミーなどがある。中央アジアとシベリアを結ぶトルクシブ鉄道からの支線が延び,カザフスタン南西部のアルマトイとウズベキスタンの首都タシケントを結ぶハイウェーが通る。空港もある。人口 86万5100(2009)。

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百科事典マイペディアの解説

ビシケク

ビシュケク

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世界大百科事典 第2版の解説

ビシケク【Bishkek】

中央アジアのキルギスタン共和国の首都。人口59万7000(1994)。チューChū川左岸,キルギス山脈の北斜面の肥沃な盆地に位置する。古くからステップ路上の中継基地としての集落が営まれていた地域であるが,この都市の直接の前身は19世紀末にロシアが建設したピシュペクPishpek砦で,1897年の人口はわずか7000にすぎなかった。革命後の1926年,この地で生まれた赤衛軍のフルンゼM.Frunze将軍を記念してフルンゼと改称され,この地方の中心として政治的・経済的に発展し,機械・繊維・食品工業,総合大学などを擁する近代都市となった。

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