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ピサーノ ピサーノ Pisano, Niccoló

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピサーノ
ピサーノ
Pisano, Niccoló

[生]1220頃,アプーリア
[没]1278/84,ピサ
13世紀にイタリアのピサを中心に活動した彫刻家。ピサ派の始祖。ニコラともいう。代表作として,ピサ洗礼堂の説教壇 (1260) ,息子ジョバンニ (→ピサーノ ) と共作したシエナ大聖堂の説教壇 (1268) ,ペルジャの噴水彫刻 (1277~80) などがある。

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ピサーノ
ピサーノ
Pisano, Andrea

[生]1290頃.ポンテデラ
[没]1348/1349. オルビエト
イタリアの彫刻家,金工家,建築家。 1330年ピサからフィレンツェに移り,洗礼堂の扉にブロンズによる浮彫を担当 (1330~36) 。四つ葉飾りの枠の中でアレゴリーや聖書の場面を表現した。

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ピサーノ
ピサーノ
Pisano, Giunta

[生]1202? ピサ
[没]1258
イタリア,13世紀前半のピサ派における重要な画家。個人名として知られている最初のイタリアの画家。 1236年アッシジのサン・フランチェスコ聖堂のために描いたといわれる磔刑図は現存しない。

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ピサーノ
ピサーノ
Pisano, Giovanni

[生]1250頃. ピサ
[没]1314以後. シエナ?
13~14世紀に,イタリアのピサを中心に活動したピサ派の彫刻家。父ニッコロ (→ピサーノ) の影響で初め擬古代様式の作風を示していたが,父の死後,その影響を抜け出して自在に自己の感覚を発揮していく。

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デジタル大辞泉の解説

ピサーノ(Pisano)

(Nicola ~)[1220ころ~1280ころ]イタリアの彫刻家。ピサの洗礼堂の説教壇浮き彫りなどにより、ゴシック的要素と古典的要素とを併せ持つ独自の世界を確立した。
(Giovanni ~)[1250ころ~1314ころ]イタリアの彫刻家・建築家。の息子。父の技法を発展させた劇的な表現でゴシック彫刻を代表する。

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百科事典マイペディアの解説

ピサーノ

イタリアの彫刻家。ピサ近郊のポンテデーラ生れ。ピサで彫刻,金工を修業後,フィレンツェのサン・ジョバンニ洗礼堂青銅扉の洗礼者ヨハネの物語の浮彫を制作(1330年―1336年)。

ピサーノ

イタリアの彫刻家,建築家。ニコラ・ピサーノの息子。彫刻家としてはピストイアのサンタンドレア教会やピサ大聖堂の説教壇などを制作。建築家としては,シエナ大聖堂のファサードほかを残した。

ピサーノ

イタリア・ロマネスク最後の彫刻家。経歴不詳。最初の大作は,1259年に完成したピサの洗礼堂説教壇の彫刻。1265年―1268年には息子ジョバンニ・ピサーノと弟子アルノルフォ・ディ・カンビオとともにシエナ大聖堂の説教壇の人像彫刻を制作。
→関連項目ピサ大聖堂

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世界大百科事典 第2版の解説

ピサーノ【Andrea Pisano】

1290ころ‐1348
イタリアの彫刻家,建築家。ニコラ・ピサーノおよびジョバンニ・ピサーノ父子とは家系的にも流派的にも無関係だが,ピサ近郊のポンテデーラPontedera出身であるため,この名で呼ばれる。おそらくピサで修業のあと1330年にフィレンツェの洗礼堂の青銅扉の注文を受け,36年バプテスマのヨハネ伝と諸徳擬人像の計28場面の浮彫パネルからなる一対の扉を完成。これらはフランスゴシックに起源をもつ四つ葉のクローバー型の枠をもち,またジョットの影響の明らかな,簡素な背景と単純化された形体をもつ少数の人物による物語表現を見せる。

ピサーノ【Giovanni Pisano】

1248ころ‐1314ころ
イタリアの彫刻家,建築家。ニコラ・ピサーノの子。青年期にはペルージアの大噴水(1278)その他を父と共作。人体をその有機的構造を明確にしつつ量塊として力強く表現する父の古典主義的作風に対し,衣褶の流れや人物の感情表現,彫刻面における光と影の交錯などを強調するゴシック的な造形感覚への移行を示す。代表作はピストイアのサンタンドレア教会説教壇(1301)およびピサ大聖堂説教壇(1302‐10)。【鈴木 杜幾子】

ピサーノ【Nicola Pisano】

1220ころ‐78か84
イタリアの彫刻家。記録からピサよりも南イタリアプーリア地方の出身とされ,また修業も同地方で積んだと思われる。初期の作ピサ洗礼堂の説教壇(1260)では,ピサのカンポサントローマにあった古代彫刻の研究成果を踏まえ,モニュメンタルで力強く簡素な手法を達成し,彫刻におけるジョット的役割を果たしている。シエナ大聖堂の説教壇(1269),さらには晩年の作ペルージアの大噴水(1278)になると,構成は複雑となり,洗練度を高めて北方ゴシックへの接近を見せている。

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大辞林 第三版の解説

ピサーノ【Giovanni Pisano】

1250?~1314頃) イタリアの彫刻家・建築家。写実的かつ劇的な作風で一四世紀彫刻に強い影響を及ぼした。代表作「ピサ大聖堂の説教壇」

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世界大百科事典内のピサーノの言及

【サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂】より

…ラテン十字形平面をもつ3廊式教会堂であるが,八角形の大交差部を囲む方形祭室によって内陣と翼廊を同形とした集中的構成はゴシック教会堂として前例のない斬新さを示す。1331年以降,工費を負担しえなくなった司教にかわって同市の羊毛組合が工事を主導し,14世紀を通じてジョット,アンドレア・ピサーノ,フランチェスコ・タレンティ,ジョバンニ・ラポ・ギーニらが建築主任として市の威信と栄光をかけたこの大建設事業を進めた。ジョットの設計,監督によって34年に起工され,その没後A.ピサーノとF.タレンティによって完成された鐘楼(いわゆる〈ジョットの鐘楼〉。…

【ピサネロ】より

…イタリアの画家,メダル作家。本名アントニオ・ピサーノAntonio Pisano。1395年以前にピサに生まれ,幼いときに母の生地ベローナに移り,おそらく同地でステファノ・ダ・ゼビオStefano da Zevio(1374ころ‐?)について修業したものと思われるが,初期の作品にはアルティキエロAltichieroの影響も看取される。…

【ゴシック美術】より

…この新興イタリア美術は,これがただちに15世紀のルネサンスに連なるところから,ゴシック美術を狭義に解してそのうちに入れない傾向があるが,他の西ヨーロッパの同時代美術と相互に影響関係があるので,この点からとりあげることとする。イタリア美術復興のさきがけをする彫刻家ニコラ・ピサーノとその子ジョバンニの芸術には,古代彫刻の影響とともに,ゴシック彫刻とその新気運の影響があった。ジョバンニの情熱には新興イタリア都市の誇らかな人間的自覚があり,これが開花するのがジョットの芸術であった。…

【シエナ大聖堂】より

…内部の柱・壁は色大理石で水平の縞模様をなし,床も多色大理石のモザイクで覆われる。ジョバンニ・ピサーノ設計の西正面(下半分のみ原案どおり)は,飾り破風や小尖塔を伴ったばら窓と3扉口によりフランス式構成を示すが,彫刻やモザイク画の豊かな装飾は全体としてなおイタリア的な平板性にとどまっている。南袖廊と側廊に接して正方形平面の鐘塔が立ち,やはり色大理石の縞模様が外壁面を飾る。…

【チマブエ】より

…記録によって確認される彼の現存作品は,ピサ大聖堂内陣モザイクのうちの《ヨハネ》(1301‐02)1点しかなく,その他の彼の作品とされるものは,すべて様式上からの帰属による。2点の《キリスト磔刑》(アレッツォ,フィレンツェ)は,図像的にジュンタ・ピサーノGiunta Pisano(13世紀前半に活躍)の確立した〈苦悩のキリスト〉を踏襲しているが,刻線的な強い輪郭線,金のハイライトを施した繊細な衣のひだの描写,彫刻的な肉付けは,コッポ・ディ・マルコバルドCoppo di Marcovaldoの影響を示している。また《玉座の聖母子と四天使およびフランチェスコ》の壁画や,《サンタ・トリニタの聖母》では,聖像に人間的生命を注入し,三次元的空間感覚をも見せている。…

【プノンペン】より

…カンボジアの首都。人口92万(1994)。メコン河口から約300km遡航した自然堤防上の河岸に開けた都市で,港は2500トンまでの船が横づけできる。プノンペンとはカンボジア語で〈ペンの丘〉を意味する。《王朝年代記》によれば,洪水のときに上流から仏像4体が流れつき,敬虔なペンという名の夫人がこの仏像を小さな丘の東斜面に安置したという。これが〈ペン夫人の丘の寺院〉説話で,プノンペン発祥伝説のもととなった。…

【ゴシック美術】より

…この新興イタリア美術は,これがただちに15世紀のルネサンスに連なるところから,ゴシック美術を狭義に解してそのうちに入れない傾向があるが,他の西ヨーロッパの同時代美術と相互に影響関係があるので,この点からとりあげることとする。イタリア美術復興のさきがけをする彫刻家ニコラ・ピサーノとその子ジョバンニの芸術には,古代彫刻の影響とともに,ゴシック彫刻とその新気運の影響があった。ジョバンニの情熱には新興イタリア都市の誇らかな人間的自覚があり,これが開花するのがジョットの芸術であった。…

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