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ファーティマ ファーティマFāṭima

翻訳|Fāṭima

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ファーティマ
Fāṭima

[生]606頃.メッカ
[没]633. メジナ
イスラムの預言者ムハンマドの娘。第4代カリフ,アリーの妻。シーア派のイマーム,ハサンとフサインの母。母はムハンマドの最初の妻ハディージャ。「輝く人」 al-Ẓahrā'と呼ばれる。ムハンマドには他の娘もいたが,後世に彼の血筋を伝えた唯一の人で,キリスト教のマリアのように,のちに彼女に関する無数の伝説が作られた。父の生前は夫のアリーとともにムハンマドの一族の世話役であり,父の没後,イスラム教団国家が征服した土地の相続を要求したが,初代カリフ,アブー・バクルに断られ,その直後に没した。いくつかのシーア派の王朝がファーティマの末裔を名のっているが,北アフリカからシリアにかけて支配したファーティマ朝が最も著名である。

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デジタル大辞泉の解説

ファーティマ(Fátima)

ポルトガル中西部の都市。第一次大戦中の1917年5月13日に聖母マリア顕現、その後5か月にわたり毎13日に出現したという話で知られる。聖堂が建造され、カトリックの重要な巡礼地になった。ファティマ

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世界大百科事典 第2版の解説

ファーティマ【Fāṭima】

606ころ‐632∥633
預言者ムハンマドの四女。後に第4代カリフとなるアリーと結婚し,ハサンおよびフサインの2男をもうけた。ムハンマドの血はこの系譜を通して今日に伝わった。父の生前から,父の妻や縁者で構成されているムハンマド家ともいうべき集団の世話役であった。父の死後,権力がムハンマド家から離れたことに抗議しつつ,間もなく死去した。後世,理想の女性とみなされ,とくにシーア派世界でファーティマの手をかたどった護符が愛用されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ファーティマ
ふぁーてぃま
Ftima

ポルトガル中西部、リバテージョ県の小都市。第一次世界大戦中の1917年5月13日に聖母マリアが顕現し、その後10月13日までの5か月間、毎13日に出現したという言い伝えがあり、キリスト教の巡礼地として知られる。とくに5月と10月の13日には10万人以上の信徒が集う。人口約1万。[田辺 裕・柴田匡平]

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