物価上昇率と失業率の負の相関関係を示す曲線のこと。名称は発見者のフィリップスAlban William Phillips(1914-75)にちなむ。1958年,フィリップスはイギリスの1861年から1957年にかけての長期データに基づき,イギリスにおいては貨幣賃金の上昇率が高いほど失業率は低く,逆のときは失業率が高いという関係が一つの曲線(図参照)で示され,その位置,形状がこの時期に関するかぎりほぼ安定して変わらないことを明らかにした。この貨幣賃金と失業率の関係が,後にはしだいにインフレ率と失業率との関係と同一視されるようになった。このような安定的な曲線が存在する経済学的根拠は当時明確にされなかったが,イギリスという典型的資本主義工業国において,100年近い期間にわたって,以上のような関係があることから,その学問的根拠は不明のまま,一つの信頼できる経験法則であると一時的に広く信じられた。たとえば失業を減らすにはある程度のインフレの悪化はやむをえない,という当時(1960~70年代)の一般的考え方の根拠ともなった。しかし1960年代に新貨幣数量説(〈マネタリズム〉の項参照)をかかげたM.フリードマンやフェルプスEdmund Strother Phelps(1933- )によって,長期的に安定したフィリップス曲線は理論的には存在しえないことが指摘された。すなわち図のような曲線は,人々のインフレ率についての予想が変わらないときのみ(つまり短期にのみ)存在するので,インフレが進行して人々の予想が変化するときは曲線自体が無限に移動するため,図のような安定した関係は消滅するのである。たとえば1970年代や80年代のスタグフレーションにおいては,失業率とインフレ率は同時的上昇がみられた。フィリップス曲線に基づくインフレ理論は,この現象を説明することはできない。フリードマンは人々のインフレ予想が異なるとき,一つの失業率に対して多数のインフレ率が存在しうることから,真の長期のフィリップス曲線は垂直な線であるとし,この線に対応する失業率を〈自然失業率〉と呼んだ。現在では〈自然失業率〉という考えのほかに,フィリップス曲線に上記のインフレ予想の影響を考慮した〈修正フィリップス曲線ogmented Phillips curve〉という概念(一般に元のフィリップス曲線よりも急な負のこう配をもち,極限的には垂直となる)が学問的にも正しいとして広く用いられている。
執筆者:鬼塚 雄丞
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イギリスの経済学者フィリップスAlban William Phillips(1914―75)は、イギリスにおける1861~1957年のデータを用いて賃金上昇率と失業率との関係を調べ、その結果、SSのような曲線を得た。これがフィリップス曲線とよばれるもので、失業率が低下すると賃金は急速に上昇し、逆に失業率が増大すると賃金は徐々に低下することを示している。ところがいま、労働分配率が一定であるとすれば、賃金上昇率マイナス労働生産性上昇率が近似的に物価上昇率となる。もし労働生産性上昇率が安定的であるとすれば、賃金上昇率が大となれば物価上昇率も大となる。したがって、フィリップス曲線は失業率を低くすればするほど物価上昇率は高くなることを意味する。すなわち、完全雇用を達成しようとすればインフレが生じ、物価を安定させようとすれば失業が増大することを示している。完全雇用と物価安定の間にはトレード・オフが存在し、現実にはこの曲線上のどこに経済を置くかという問題にならざるをえない。
のその後各国でフィリップス曲線について数多くの計測がなされたが、その結果によると、フィリップス曲線は非常に不安定であって、データをとる期間によってその形状や位置が変化してしまうことが知られている。とくにM・フリードマンは、人々の期待が固定している短期にのみフィリップス曲線は右下がりの曲線となると主張している。彼によれば、長期的には人々の期待が変化して調整が行われ、フィリップス曲線は のLLのような自然失業率の点からの垂直線になるという。ここで自然失業率とは、労働市場の構造や賃金構造によって決定されるその経済特有の失業率である。したがってフリードマンによれば、長期的には、完全雇用と物価安定との間にはトレード・オフが存在しないこととなる(自然失業率仮説)。
[畑中康一]
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…この点について古典派経済学では,物価水準は通貨量に比例すると考えられたので,実質成長率を超える通貨供給増加率が続くかぎり物価水準の上昇も続くことになる。これに対して不完全雇用均衡の理論としてのケインズ経済学には元来,このような動学的なインフレ理論は存在しなかったが,1950年代後半にインフレ率と失業率の間に安定した負の関係(いわゆるフィリップス曲線)が存在することが実証的に発見され,失業率を用いてインフレ率を説明する体系が一般化した。 その後,フィリップス曲線を理論的に説明する試みがなされ,その多くが市場における情報の不完全性に注目した。…
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[失業率と物価上昇率間のトレードオフ関係]
こうして,1950‐60年代には,先進工業国では,世界的好況のせいもあって,完全雇用に近い状態が実現したといわれるが,この間物価水準が上昇し,雇用水準の維持という政策目標と物価安定という政策目標との間にトレードオフ(二律背反)の関係がみられ,注目されることになった。そこで,いま縦軸に物価上昇率をとり横軸に失業率をとると,両者の間には座標軸の交点に対して凹の負の非線型の曲線で表される関係があるとするフィリップス曲線をめぐって議論が展開されることになった。すなわち,高い失業率のもとでは,総需要増加政策によって,物価上昇を伴わずに失業率を低下させることができるが,それ以上になると,失業率の低下は物価上昇を伴い,しかも失業率低下に伴う物価上昇率は累進的に高くなり,失業率低下という政策目標と物価安定という政策目標が矛盾することになる。…
…自然失業率下における失業者は,より良い職を求めて自発的に失業しているとみなされ,この状態は一種の完全雇用状態といえる。A.W.フィリップスの研究(1958)以来,多くの国でフィリップス曲線すなわちインフレーションと失業率とのトレードオフ関係の存在が確認されてきた。しかしE.S.フェルプス,M.フリードマンらは1960年代末に,フィリップス曲線は予想物価上昇率とともにシフトし,予想物価上昇率と現実のそれとが一致する長期においては失業率は自然率に落ち着き,インフレーションと失業率のトレードオフ関係がなくなると主張した。…
…1973年秋の第1次石油危機のあと,不況とインフレの二重苦に悩むアメリカ経済を指してマスコミが盛んに用いたが,現在では経済学用語として定着している。 第2次大戦後のアメリカ経済は,1950年代後半のクリーピング・インフレーションという不況下の物価上昇現象もあったが,主としてインフレ率と失業率との間には安定した負の相関関係(フィリップス曲線)があると考えられていた。そこで財政・金融政策により有効需要を高めに安定させ,失業率をできるだけ低い水準に抑え,その代償として緩やかなインフレを容認する,という政策思潮が有力であった。…
※「フィリップス曲線」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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