改訂新版 世界大百科事典 「賃金構造」の意味・わかりやすい解説
賃金構造 (ちんぎんこうぞう)
wage structure
賃金構造とは賃金格差wage differentialsの構造であるといってよい。その格差は多くの側面で見いだされる。ここでは,まず労働供給側の特性にもとづく格差から労働需要側の特性にもとづくものへと以下の7種類の格差を説明したうえで,賃金構造の発生と変動を規定するおもな要因を述べる。
(1)性別・人種別賃金格差 男女の違いや人種の違いは人間の最も基本的な属性の違いである。賃金統計でみると男女の賃金には大きな格差がある。日本では女子の賃金は平均で男子の約5割,アメリカでも6割程度である。しかしこれは平均の数字であって,平均的には女子労働力は経験年数が短く学歴も低いために賃金も低くなる。したがって同一職種,同一学歴,同程度の経験をもった男女を比べると賃金格差ははるかに小さくなる。けれどもそうだからといって男女間賃金格差は本当は小さいと断定することにも問題がある。というのは,教育のあり方,雇用制度での扱い,社会における役割などの結果,女子には高賃金の職業機会が比較的閉ざされているという傾向も否定できないからである。これは人種問題にもある程度共通していることであって,社会のしくみや価値体系そのものにもかかわっている。
(2)年齢別賃金格差 どこの国でも,年齢がふえるにつれて賃金が高まるという傾向はほぼ共通に見いだされる。ただ先進諸国のなかでは,日本の年齢別賃金格差はとりわけ大きい。歴史的には日本の年齢別格差は20世紀前半の工業化の過程で拡大し,第2次大戦後の経済成長過程ではかなり縮小した。日本の年齢別格差には,大企業が小企業よりも,男子が女子よりも,ホワイトカラーがブルーカラーよりも,高学歴者が低学歴者よりも大きいという特徴がある。年齢別賃金格差の背景には生計費の年齢別格差という側面もあるが,年齢が経験による熟練度を反映するという側面もある。
(3)学歴別賃金格差 学歴別賃金格差も世界的に一般的に認められるが,先進諸国では学歴別に大きな初任給格差のある例が多いのに対して,日本では初任給格差は小さく,経験を積むとともに格差が拡大するという特徴がある。
(4)職業別・職種別賃金格差 職業別賃金格差は社会階層や社会集団の間の格差を,そして職種別格差は仕事の性質すなわち熟練度別の格差を反映する傾向が強いが,いずれも欧米では賃金構造の最も基本的な側面として関心を集めてきたものである。これらの格差は景気変動に応じて循環的に拡大と縮小を繰り返しつつも,長期的には縮小の趨勢(すうせい)にあるといえる。
(5)企業別賃金格差 これは他の条件が同じであっても,働く企業が異なることによって存在する格差である。日本の場合とりわけ顕著なのが企業規模別格差であり,欧米諸国に比べ日本の規模間格差は比較的大きい。しかし,従業員の学歴,勤続年数など質的側面を考慮すると規模間格差は見かけとはうらはらにきわめて小さいという研究結果もある。そうであるとすれば,規模間の相違はむしろそこに働く労働力の質の違いであって,単に規模が大きいという理由だけで賃金が高いのではないということになる。いいかえれば市場は競争的であるといえよう。
(6)産業別賃金格差 産業別賃金格差はいずれの国にも見いだされる。過去数十年のデータによる限り長期的には縮小傾向が認められるが,産業間の順位すなわち格差構造は長期的にかなり安定している。
(7)地域間賃金格差 地域間賃金格差も賃金構造の重要な側面である。多くの国々で地域間格差が認められるが,地域別の労働力の質的構成や産業構成の相違を考慮すると,純粋の地域間格差はそれほど大きくない。また日本の場合,比較的流動的な若年層では地域間格差は小さく,定着性の高い中高年層の賃金には地域間格差が大きいという傾向がある。
これらの賃金格差構造の発生と変動を規定する基本的な要因として次の五つがある。(1)労働力の質 これは賃金格差を規定する最も基本的な要因であり,市場競争が完全に行われればそこにまだ残る格差は結局,質の格差に帰せられるはずである。(2)経済発展 経済発展は多くの場合,部門間の不均等な成長を伴う。より急速に伸びる部門の労働需要がその部門の賃金を引き上げる形で格差が発生し,また変動する。(3)景気変動 好況時には需要超過になるから人手不足で賃金構造の底辺の賃金が引っぱり上げられて格差が縮小し,逆に不況では供給超過で買手のない底辺の賃金がとりわけ低落して全体の格差が拡大する。(4)人的投資 人的投資を通じて人材の不足している分野の供給が長期的にふえるから,賃金格差の縮小を進める。(5)競争阻害要因 情報の偏在や移動の困難などの阻害要因は格差の縮小を遅らせる傾向がある。
執筆者:島田 晴雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報