完全雇用の意味は,経済および経済学の発展とともに変化してきた。経済理論的には,完全雇用は,現行の賃金率・価格のもとで雇主が需要したいと考える労働量と労働者が供給したいと考える量が一致する労働市場の均衡状態とみなされる。労働市場の均衡において就業していない労働者は,現行の実質賃金率において労働よりも余暇を選択しているため,自発的失業となる。したがって完全雇用においては,現行の賃金・価格で働きたいが職がないという非自発的失業は存在しない(非自発的失業が存在する状態を不完全雇用underemploymentという)。賃金・価格が伸縮的であり,市場の調整が速やかであるならば,労働市場はつねに均衡し完全雇用が実現されている。現実の経済はつねに外部から攪乱を受け,また労働の移動には時間がかかるため,均衡状態においても雇主と労働者の計画する需要と供給が必ずしも実現されない。このような均衡状態において生ずる失業は摩擦的失業と呼ばれ,非自発的失業とはみなされない。労働需要と供給が実質賃金率の関数になり,図に示されるようにそれぞれ右下がりと右上がりの曲線で表されるならば,労働市場の均衡は交点Eで示される。もし摩擦的失業があるならば,完全雇用はE点よりも左方の点,たとえばFで示される。
ケインズの《一般理論》(1936)以降,完全雇用の状態とは,有効需要の創出によってこれ以上雇用と産出量を増加させることができず,それを超えて生産を行おうとするときインフレーションが発生するような総産出量が達成されている状態とみなされるようになった。しかし多くの国において,失業が存在するにもかかわらずインフレが生じ,インフレと失業との間にトレードオフ(二律背反)の関係,すなわちフィリップス曲線で表されるような関係がみられる。これらの経済には,上述したような最大の総産出量の存在は必ずしも明らかでなくなる。
E.S.フェルプス,M.フリードマンらのマネタリスト(マネタリズム)と呼ばれる経済学者は,1960年代末,物価上昇と失業率との短期的なトレードオフを認めるとしても,長期的なトレードオフ関係についてはこれを否定している。失業率は長期的には物価水準の変化率がゼロまたは一定となる自然失業率の水準に落ち着き,長期フィリップス曲線は自然率で垂直になる。失業率を自然率よりも低下させようとするとき,貨幣賃金は上昇し,それは同率の物価上昇をもたらすことになる。その結果,実質賃金率は元の水準にもどり,雇用量も自然失業率の水準に落ち着く。したがって,失業率を自然率以下に維持しつづけようとするならば,賃金および物価が加速度的に上昇しなければならない。自然失業率における失業は,職探しのために離職することから生じたものであり,摩擦的失業と同様に自発的失業とみなされる。これは,前述した労働市場の需給均衡によって与えられる完全雇用と同様の概念である。ただし,摩擦的失業また職探しのための失業が存在するとき,完全雇用とみなされる失業率が何%になるかは,労働市場における情報,移動費用などの諸条件に依存し,経済ごとに異なるため,必ずしも一意的に決まらないという問題がある。実際に完全雇用とみなされる失業率について意見が分かれることは少なくない。なお,完全雇用政策については〈雇用政策〉の項を参照されたい。
執筆者:藪下 史郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
働く意志と能力をもつ者が、すべて雇用されている状態をいう。
古典派経済学では、労働力需要も労働力供給もともに実質賃金率の関数であると考えるから、賃金率の伸縮性が十分であれば、賃金率の労働力需給調節作用によって完全雇用が達成されるわけであり、失業があるとすれば、現行の賃金率では就業することを拒否するもの、すなわちいわゆる自発的失業だけである。もっともこの場合にも、摩擦的失業や季節的失業は存在する。前者は市場事情の不知、労働移動の困難、職種転換の困難などの各種摩擦から発生する失業である。後者はある職種の求人が特定の季節にのみ集中するため、それ以外の季節に失業が発生する場合をいい、杜氏(とうじ)、北洋漁民などがその好例である。かくて古典派経済学は、自発的失業、摩擦的失業、季節的失業は別として、完全雇用の経済学であるといわれる。
これに対して1929年の世界不況以後の大量の失業は、古典派経済学では説明がつかぬものであり、この現実を背景にしてケインズ経済学が登場した。J・M・ケインズは、現行の賃金率で働く意志があるにもかかわらず、有効需要が不足するとその社会の産出量が低下して、そこに就業の機会を得られない人々が発生する、すなわち非自発的失業が発生することを指摘した。そしてこの非自発的失業は、公共投資その他の政策によって有効需要を高めて、その解消を図るべきものであるとした。ケインズ経済学にあっては、古典派経済学と異なり、完全雇用は自動的に達成されるものではなく、政策的に実現を図るものなのである。
ケインズ経済学はアメリカのニューディールによって実践に移され、失業の解消に貢献した。各国もこれに追随し、失業の解消は政策目標としてしだいに定着していった。さらに第二次世界大戦中には、W・H・ビバリッジに代表されるような、完全雇用の実現を政策的に図るべきであるとの思想が高まった。そして戦後には先進諸国において完全雇用政策は社会・経済政策の中軸として定着した。戦後の経済は経済復興から経済成長期に移り、完全雇用の実現も比較的容易であったが、1970年代に入ると各国ともスタグフレーションに襲われ、ふたたび失業が問題化してきた。
[佐藤豊三郎]
『J・M・ケインズ著、塩野谷九十九訳『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1941・東洋経済新報社)』▽『渡部経彦・筑井甚吉著『現代経済学9 経済政策』(1972・岩波書店)』▽『W. H. BeveridgeFull Employment in a Free Society (1944, London)』
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