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フェントン(英語表記)Fenton, John William

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フェントン
Fenton, John William

イギリスの音楽教師。 1869年横浜イギリス公使館護衛の海軍歩兵第 10番大隊所属の軍楽隊楽長として薩摩藩兵 30名を妙香寺に合宿させて軍楽伝習。翌年イギリスから楽器を取寄せて島津家に出張教授を3ヵ月続けたのがきっかけで,71年5月兵部省雇となった。同年9月海軍軍楽隊に入り,77年帰国まで軍楽を指導。この間,宮内省にも出仕して天皇のための軍楽隊用礼式音楽として,70年に初めて『君が代』を作曲したことでも知られる。

フェントン
Fenton, Lavinia

[生]1708. ロンドン
[没]1760.1.24. グリニッジ
イギリスの女優。ボルトン公爵夫人。 1726年デビュー,J.ゲイの『乞食オペラ』のポリーを初めて演じ (1728) ,名声を確立した。 C. E.ピアスの『ポリー・ピーチャム』 (1913) は彼女の伝記である。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

フェントン Fenton, John William

1828-? イギリスの軍楽家。
1828年7月12日生まれ。慶応4年(1868)横浜駐留のイギリス海軍軍楽隊長として来日。明治2年薩摩(さつま)鹿児島藩士に軍楽を指導,のち海軍軍楽隊,宮内省式部寮雅楽部の教師をつとめた。国歌の必要性を説き,儀礼用の「君が代」を作曲したが,採用されなかった。明治10年離日。帰国後の消息は不明。アイルランド出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

フェントン

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:1828.7.12
明治期のお雇い外国人。イギリス第10連隊第1大隊軍楽隊長。アイルランド出身。慶応4年3月12日(1868.4.4)来日,翌年からイギリス軍駐留地横浜において薩摩(鹿児島)藩士30名余に軍楽の指導を始める。明治4(1871)年イギリス陸軍退役後は兵部省雇水兵本部楽隊教師となり,引き続きブラスバンドの指導に当たって,わが国海軍軍楽隊の基礎を築いた。9年以後海軍省・宮内省兼傭教師となって式部寮所属の伶人たちにも洋楽を教えたが,1年間で解傭,アメリカへ向けて離日した。日本での再就職希望の手紙をアメリカから日本に送るものの希望は実現せず,1883年イギリス陸軍省海外在住者年金支給後の消息は全く不明である。フェントンは明治時代最初期の日本における組織的吹奏楽教育・指導に多大の貢献をなし,儀礼曲「君が代」も作曲した。最初の妻アニー・マリアは横浜の外人墓地に眠る。<参考文献>中村理平『洋楽導入者の軌跡』

(中村洪介)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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