日本大百科全書(ニッポニカ) 「フジバカマ」の意味・わかりやすい解説
フジバカマ
ふじばかま / 藤袴
[学] Eupatorium japonicum Thunb.
キク科(APG分類:キク科)の多年草。茎は直立し、大きいものは2メートルに達する。葉は対生し、下部のものは3裂し、裏面に腺点(せんてん)がない。8~10月、茎上部に散房状花序をつくり、頭花を多数つける。頭花は普通、淡紫色の管状花5個からなる。古く中国から帰化したという説もあるが、中国から日本に分布する自然野草の一種とする考えもある。秋の七草の一つとしてよく知られるが、最近ではほとんどみかけなくなった。一つにはフジバカマが生育するような平地の自然草地が、開発によってほとんど姿を消してしまったことによる。薬用としては、利尿、通経、黄疸(おうだん)などに用いる。
[小山博滋 2022年4月19日]
文化史
中国では古くは蘭(らん)とよばれ、紀元前の『易経(えききょう)』や『礼記(らいき)』にその名はみえ、蘭と同義の蕑(かん)はさらに古く『詩経』に顔を出す。蘭は現在ラン科の植物に使われるが、『楚辞(そじ)』(2世紀までに成立)には「蘭草大都似沢菊」(蘭草はだいたい沢菊に似る)の記述があり、キク科であることがはっきりわかる。それが現在のランと同名でよばれたのは、ともに芳香を有するからで、区別する場合はフジバカマに蘭草、ランに蘭花をあてる。蘭の香を孔子は「蘭当為王者香」と表現した。日本には上代に渡来したと推定され、『日本書紀』の允恭(いんぎょう)天皇紀には、のちに皇后となる忍坂大中姫命(おしさかのおおなかひめのみこと)からブユを追い払う鞭(むち)にと庭の蘭をむりやりもらう闘鶏国造(つげのくにのみやつこ)の話が載る。山上憶良(やまのうえのおくら)は『万葉集』でフジバカマを秋の野の7種の花の一つにあげるので、当時すでに野に逸出していたことがわかる。名は藤袴の意で、筒状の花を袴に見立て、藤色とあわせてつけられた。
[湯浅浩史 2022年4月19日]
文学
『万葉集』(巻8・山上憶良)に秋の七草の一つとして詠まれ、早くから知られるようになった。『古今集』には「何人(なにひと)か来て脱ぎ掛けし藤袴来る秋ごとに野辺をにほはす」(秋上・藤原敏行(としゆき))などとあり、その名から「袴」が連想され、薫香やほころびが趣向として詠まれている。『源氏物語』では、「匂宮(におうのみや)」で薫(かおる)や匂宮の体や衣服の薫香の表現に用いられ、「藤袴」では喪服の「藤衣(ふじごろも)」を意味する歌として詠まれて巻名にもなり、自然の花としてよりも、人事的な意味で用いられていることは、和歌の場合と同様である。
異名を「蘭(らに)」「紫蘭(しらに)」といい、『拾遺集(しゅういしゅう)』、『源氏物語』「藤袴」、『平家物語』巻5「月見」に記され、『古今六帖(こきんろくじょう)』6の項目名も「らに(蘭)」である。季題は秋。
[小町谷照彦 2022年4月19日]