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フレシネ フレシネFreycinet, Charles-Louis de Saulces de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フレシネ
フレシネ
Freycinet, Charles-Louis de Saulces de

[生]1828.11.14. フランス,アリエージュ,フォア
[没]1923.5.14. フランス,パリ
フランスの政治家。パリのエコール・ポリテクニクに学び,鉱山技師となった。 L.ガンベッタと親交を結び,1876年セーヌ県選出上院議員,以後 1920年まで政治生活をおくった。 1877年土木相となり交通路の整備のための大工事計画を打出し,それが無秩序な投機の対象となった。

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フレシネ
フレシネ
Freyssinet, Eugène

[生]1879.7.13. オブジャ
[没]1962.6.8. サンマルタンベシュビ
フランスの建築技師。エコール・ナシオナル・デ・ポン・エ・ショセで,鉄筋コンクリート建築のパイオニア,C.ラビュに師事。彼の作品オルリーの2つの飛行船格納庫 (1916~24) は,第2次世界大戦中に破壊された (44) が,鉄筋コンクリートの高さ 60mの放物線ボールトを主構造とし,構造上の革新を合理的に行い,デザインと調和させた点で,R.マイヤールや P.ネルビの先駆をなすものである。

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世界大百科事典 第2版の解説

フレシネ【Charles‐Louis de Saulse de Freycinet】

1828‐1923
フランスの政治家。理工科大学を出た後,鉱山,鉄道関係の技師を務め,1876年に政界(下院)入りした。議会では穏健共和派に属し,79‐80年,82年,86年,90‐92年と4次にわたって首相を務めたほか,公共事業大臣,外務大臣陸軍大臣などを歴任した。組織能力にすぐれ,国防政府時代(1871)に内務大臣兼陸軍大臣ガンベッタの片腕として陸軍省の再建と国防軍の編制にあたったこと,1878年にガンベッタ,レオン・セイLéon Say(1826‐96)の支持と協力を得て,鉄道を中心とする総額60億フランの大規模な公共事業計画(通称〈フレシネプラン〉)を立案し,その実施にあたったことなどで知られる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フレシネ
ふれしね
Eugne Freyssinet
(1879―1962)

フランスの構造技術者。オブジァに生まれる。鉄筋コンクリート構造物の設計をシャルル・ラビュCharles Rabut(1852―1925)に学び、1907年に中央フランスの道路工事局の技師となり、初期の鉄筋コンクリート造の橋梁(きょうりょう)を建造した。1913年、鉄筋コンクリート構造の開発を行っていたリムザン工業会社の主任技師となり、工業関係の建築物や倉庫をシェル構造やボールトを用いて設計した。1916年に建設されたオルリーの飛行船格納庫はその代表作品である。またプレストレストコンクリート(PC)工法を考案し、1933年から多層構造物や地下構造に用い多くの大規模土木構造物を実現させた。新しい技術が新しい造形を可能にすることを生涯にわたって実践した。[藤原恵洋・村松貞次郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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