ブドウ球菌感染症

内科学 第10版 「ブドウ球菌感染症」の解説

ブドウ球菌感染症(Gram 陽性球菌感染症)

(1)ブドウ球菌感染症(staphylococcal infection)
定義・概念
 ブドウ球菌(Staphylococcus)によって起こる感染症.引き起こす感染症としては,皮膚・軟部組織感染症,肺炎,カテーテル関連菌血症,感染性心内膜炎,脊椎炎,腸腰筋膿瘍,化膿性関節炎などがある.ペースメーカや人工関節といった体内に留置された人工装置に関連した感染症の起因菌としても重要である.また,黄色ブドウ球菌による毒素産生により,食中毒,毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome:TSS),ブドウ球菌性皮膚剥脱症候群(staphylococcal scalded skin syndrome:SSSS)を生じることがある.
分類
 コアグラーゼを産生する黄色ブドウ球菌(Staphylo­coccus aureus)とコアグラーゼを産生しないコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negative staphylococci:CNS)とに大別される. 黄色ブドウ球菌は,メチシリン感性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptible Staphylococcus aureus:MSSA)とメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)とに分けられる.MRSAは以前は医療関連施設で認められる菌と考えられていたが,2000年代から市中型MRSAが欧米では大きな問題になり,わが国でも徐々にその存在が認識されはじめている.
 CNSには表皮ブドウ球菌(S. epidermidis),S. hominis,S. haemolyticusなどがある.一般的にCNSは黄色ブドウ球菌に比べて毒性が低い.しかし,S. lugdu­nensisは毒性が強いことでも知られている.また,S. saprophyticusは会陰部の正常細菌叢として存在し,若い女性の尿路感染症の原因菌となる.
疫学
(Mandell,2009) 黄色ブドウ球菌については,常に保菌している人が20%,間欠的に保菌している人が60%,保菌していない人が20%ともいわれている. SENTRYという国際的なサーベイランスによると,黄色ブドウ球菌感染症の39%が皮膚・軟部組織感染症,23%が下部呼吸器感染症,22%が菌血症(感染性心内膜炎も含む)であった.
病態生理
 ブドウ球菌は皮膚の常在菌であるが,外傷静脈へのカテーテル留置などから皮膚のバリアが破綻すると組織内に侵入する.毒性の強い黄色ブドウ球菌の場合,ヘモリジンやロイコシジンといった外毒素,カタラーゼ,コアグラーゼ,スタフィロキナーゼ,ヒアルロニダーゼなどの酵素,プロテインA,フィブロネクチン結合蛋白,莢膜といった細胞表面構造などの働きにより,宿主防御機構を回避しながら組織での定着,増殖,侵襲が進んでいく.黄色ブドウ球菌は特に膿瘍形成を伴いやすい.また,黄色ブドウ球菌にはTSS毒素(toxic shock syndrome toxin:TSST-1),エクスフォリアチン(exfoliatin),エンテロトキシン (enterotoxin)といったスーパー抗原を産生する株もあり,それぞれTSS,SSSS,食中毒を引き起こす.
 組織で増殖した細菌が血中に入ると菌血症となり,それから発展して,感染性心内膜炎,さらに骨髄炎,化膿性関節炎,脳梗塞などを引き起こすこともある.
 また,ブドウ球菌は一般的にバイオフィルム形成能をもつ.体内に留置した人工物にバイオフィルムを形成することで,宿主防御機構や抗菌薬から菌を守り,抗菌薬のみでは治療が難しい感染症を引き起こす.
臨床症状
1)皮膚・軟部組織感染症:
感染する部位により毛包炎,癤,癰,丹毒(一般的にはA群連鎖球菌が原因),蜂窩織炎,壊死性筋膜炎といった感染症を生じる【⇨4-2-7)】.乳腺炎や手術後の創感染症も重要な感染症である.また,腋窩などにあるアポクリン汗腺に生じる再発性の毛包感染症である化膿性汗腺炎(hidradenitis suppurativa)や小児で主にみられる伝染性膿痂疹を引き起こす. 一般的な臨床所見としては,発熱,感染部位の炎症所見(発赤,腫脹,疼痛,熱感),膿疹,膿瘍などが認められる.壊死性筋膜炎など重症なものでは,紫斑や壊死,血圧低下や意識障害といった敗血症に伴う循環障害などの所見も認められる.
2)呼吸器感染症:
インフルエンザなどウイルス性の上気道感染症罹患後に,二次的に黄色ブドウ球菌による肺炎をきたすことがある.医療関連感染としてさまざまな抗菌薬を投与後に肺炎をきたすこともある.また,感染性塞栓により末梢側優位に多発性に病変を作り,肺膿瘍に至ることもある(図4-5-1).症状は,発熱,咳,膿性痰,呼吸困難,胸痛などであり,一般に重症である.
3)菌血症:
皮膚・軟部組織感染症,肺炎などの局所感染症に続発することがある.また,中心静脈カテーテルの血管内留置などに関連して生じることも重要である.この場合,発熱,悪寒・戦慄などのほかに,留置部位の炎症所見(発赤,腫脹,疼痛,熱感)が認められる.しかし,炎症所見がないからといって,カテーテル関連菌血症を否定することはできない.また,カテーテル留置部位の静脈に感染性の血栓が生じ,敗血症性血栓性静脈炎へと発展することもある.
4)感染性心内膜炎:
持続する菌血症によって感染性心内膜炎へと発展し,さらに骨髄炎,腸腰筋膿瘍,化膿性関節炎,脳梗塞などを引き起こす.臨床所見としては,発熱,悪寒・戦慄,心雑音を認める.眼瞼結膜出血,爪下線条出血,Osler結節,Janeway病変,Roth斑といった所見も認める.脊椎炎や腸腰筋膿瘍まで発展すると腰痛などを訴える.また,脳梗塞をきたすと神経巣症状が認められるようになる.
5)骨・関節感染症【⇨4-2-8)】:
①外傷,手術や関節穿刺などに伴う直接感染,②遠隔感染巣からの血行性感染,③皮膚など軟部組織の感染巣や隣接する感染巣からの波及(骨から関節へ,関節から骨へ)が考えられる【⇨4-2-8)】.発熱は一般的に認めるが,骨髄炎の場合には感染部位が深部にあるために臨床所見としては感染部位に関連した疼痛のみのこともある.関節炎の場合には,炎症所見(発赤,腫脹,疼痛,熱感)が認められる.
6)人工装置関連感染症:
ペースメーカ,人工股関節・膝関節,脳室-腹腔シャントなど体内に留置された種々の人工装置に生じた感染であり,発熱,留置部位の炎症所見(発赤,腫脹,疼痛,熱感)が認められる.ただし,感染部位が深部にある場合には,臨床所見としては感染部位に関連した疼痛のみのこともある.
毒素性疾患
1)食中毒:
エンテロトキシン産生ブドウ球菌に汚染された食物の摂取による毒素性食中毒である.発症が早いのが特徴で,摂取後1~6時間に悪心,嘔吐,腹痛,(TSS):下痢などの症状が現れ,通常では24時間以内に自然軽快する.
2)毒素性ショック症候群
創傷感染巣や月経時の汚染している膣タンポンから黄色ブドウ球菌の一部がもつ毒素(TSST-1)が吸収され,発熱,嘔吐,下痢,発疹,血圧低下が発症する.
3)ブドウ球菌性皮膚剥脱症候群(SSSS):
おもに新生児や小児に起こり,exofoliatinによる皮膚発赤,水疱形成,表皮剥離が急激な発生を認める.軽く皮膚を擦るのみで表皮が剥離し,びらんを形成するNikolsky徴候がみられる.
検査成績
 白血球数増加,核の左方移動が認められる.ほかに炎症反応としてCRP増加や赤沈亢進が認められる.感染が疑われる部位から採取した検体のGram染色では,ブドウの房状のGram陽性球菌と好中球が認められ,培養ではブドウ球菌が検出される.血液培養でブドウ球菌検出が認められることがある(図4-5-2). 画像検査においては,肺炎では胸部X線,感染性心内膜炎では経胸壁ならびに経食道心臓超音波検査,骨髄炎ではMRI,腸腰筋膿瘍では腹部・骨盤部造影CTが診断の一助となる.
診断
 培養検査でブドウ球菌が検出されたからといって,ブドウ球菌感染症と診断できるわけではない.ただ定着している菌を検出していたり,血液採取時に汚染した菌が検出されることもある. 感染が疑われる部位に炎症所見(発赤,腫脹,疼痛,熱感)が認められたり,咳・痰・呼吸困難などの炎症に伴う所見が認められるときに,感染が疑われる部位から採取した検体のGram染色でブドウの房状のGram陽性球菌と好中球が観察され,培養でブドウ球菌が検出されるとき,ブドウ球菌感染症と診断される.Gram染色で好中球がブドウ球菌を貪食している像を認めるときは,よりブドウ球菌感染症の存在を示唆する.
治療
 食中毒の場合には,対症療法となる.
 膿瘍,感染を起こした壊死組織,人工装置関連感染症の場合には,抗菌薬を投与したとしても病巣まで到達しないため,物理的に感染巣を取り去ることが基本となる.膿瘍に対しては切開排膿やドレナージ,壊死組織に対してはデブリドマン,人工装置関連感染症に関しては人工装置の抜去が基本となり,それに加えて化学的に感染巣を取り去る抗菌薬投与が必要となる.抗菌薬の選択は,MSSAとMRSAのどちらの菌が標的となるかで異なる. MSSAに対する第一選択薬は世界的には抗ブドウ球菌ペニシリンであるナフシリン,オキサシリン,クロキサシリンなどである.しかし,単剤での抗ブドウ球菌ペニシリンはわが国では製造中止となっており,第一選択薬は第1世代セフェム系薬のセファゾリンである.しかし,セファゾリンは血管脳関門(blood-brain barrier:BBB)を通過しないため,中枢神経系に病変が認められるときには,第4世代セフェム系薬のセフェピムやカルバペネム系薬などを用いる専門家もいる.抗ブドウ球菌ペニシリンはBBBを通過する. MRSAに対する第一選択薬はバンコマイシンである.同じグリコペプチド系薬のテイコプラニンを用いられることもあるが,ともに血中濃度測定を行いながら投与法を調節していく.比較的新しい治療薬としてはリネゾリドがあり,さらに2011年にはダプトマイシンが承認となった.ほかにアミノグリコシド系薬であるアルベカシンも抗MRSA薬の1つである. TSSの治療の際には,毒素産生を抑える目的でクリンダマイシンを投与するのが一般的である.免疫グロブリンを投与することもある.
予防
 MRSAは院内感染対策上最も重要な病原体の1つといえる.症例によっては接触予防策を行い,個室管理,入室時からの手袋,ガウンの着用,物品の専有化などの対策をとることがある.[松永直久]
■文献
東山康仁,河野 茂: グラム陽性球菌感染症. 内科学 第9版(杉本恒明,矢崎義雄編),朝倉書店,東京,2007.
Mandell GL, et al eds: Principles and Practice of Infectious Diseases 7th ed, Churchill Livingstone Elsevier, Philadelphia, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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