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ブルガール族 ブルガールぞくBulghār

世界大百科事典 第2版の解説

ブルガールぞく【ブルガール族 Bulghār】

ブルガリアの民族・国家形成に関与したトルコ系民族。彼らに言及した最初の文献は4世紀のものであるが,当時彼らは東ヨーロッパ南部のステップ地方で遊牧生活を営んでいた。その後5世紀にゴート族,6世紀中ごろにはアバールの攻撃をうけて離散したが,7世紀前半にはアゾフ地方とボルガ川下流地域を中心に住んでいたブルガール諸族間に同盟が成立して,クーブラートKubrat(治世584‐642)が支配した。彼の死後この同盟は分裂し,7世紀後半にはハザル・カガン国(ハザル族)によって征服され,一部は服従して貢納国となった。

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世界大百科事典内のブルガール族の言及

【アルタイ語系諸族】より

…南シベリアでもサモエード系,ケート系の先住民がチュルク化されていった。ただし,バルカン半島のブルガリアでみられたように,征服したチュルク系のブルガール族が土着のスラブ系住民に同化された事例もある。(2)モンゴル系諸族 内陸アジア東部の草原に発祥したモンゴル系諸族は,モンゴル国のハルハと内モンゴルのチャハル(東群),バイカル湖周辺のブリヤート(北群),ジュンガリアのオイラートとボルガ流域のカルムイク(西群)に三分される。…

【ブルガリア】より

…彼らは,ドナウ川を数万の単位で渡河して,沿岸部を除くバルカン半島のほぼ全域に移住し,そこでいくつもの小規模な地域共同体を形成して農業に携わった。 一方,カフカスの北のアゾフ海とカスピ海の間の地域にいたアジア系遊牧民のブルガール族は,4世紀の後半にフン族の移動に押されて西に移動し,7世紀のハーン,クブラートKubratの死によって,三つの軍事・部族連合に分裂した。クブラートの息子アスパルフの率いる一団は,ハザル族との戦いに押されて,670年代にドナウ川河口に移動した。…

※「ブルガール族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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