プエルトリコ(英語表記)Puerto Rico

翻訳|Puerto Rico

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プエルトリコ
Puerto Rico

正式名称は英語ではコモンウェルスオブプエルトリコ Commonwealth of Puerto Rico,スペイン語ではプエルトリコ自由連合州 Estado Libre Asociado de Puerto Rico。西インド諸島中部にあるアメリカ合衆国の自治領。首都サンフアン大アンティル諸島東端部にあるプエルトリコ島と周辺のビエケス,クレブラ,モナなどの付属島から成る。プエルトリコ島は東西に長い山がちな島で,南寄りを東西にセントラル山脈が延びる。最高峰プンタ山 (1338m) 。山脈の北斜面は比較的ゆるやかで台地に続くが,南斜面は狭い海岸平野に向って急傾斜を示す。熱帯気候区に属するが,東ないし北東から吹く貿易風の影響で概して快適。年降水量は約 2000mmであるが,山脈が障壁となって地域差が大きく,風上の北東部には熱帯雨林が繁茂するが,風下の南西部では半乾燥地の植生となる。住民の大部分はスペイン系とアフリカ系黒人の混血で,先住民であったインディオの要素も,特に山地住民などに残っている。公用語は従来英語とスペイン語であったが,1991年スペイン語のみとなった。コロンブスが 1493年に「発見」,1508年スペイン人が上陸,サンフアンの近くに最初の町を建設。当初金採掘,のちサトウキビ栽培が盛んとなったが,本格的な開発は 18世紀後半以降で,1830年以降プランテーション経済が発展。独立を求めた 68年の反乱はスペイン軍に鎮圧されたが,97年自治権獲得。しかしアメリカ=スペイン戦争の結果,98年合衆国領となり,自治権は奪われ,政治的に後退。経済的には合衆国市場を得て砂糖産業が発展し,人口も急増。 1917年合衆国の市民権が与えられ,48年知事公選制導入。 52年自治領として合衆国と連合するコモンウェルスになった。政治的地位をめぐっては,一時は独立派の活動が活発であったが,80年代以降は現状維持派と州昇格派の間で議論がなされている。 40年代から工業化が推進された結果,従来の農業に代って工業が最大の収入源となった。主要工業は石油化学,金属加工,電気製品,化学,食品など。農業ではサトウキビ,タバコ,コーヒー,パイナップル,ココヤシなどの栽培のほか,酪農,畜産も発展してきている。観光業も重要な収入源。鉄道もあるが,島内交通は自動車交通が中心で,道路網が発達。島外と結ぶ海運,空運が発達している。面積 9104km2。人口 371万6000(2011推計)。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

プエルトリコ

米東部フロリダ州から約1600キロ離れたカリブ海のプエルトリコ島などからなり、広さは四国の半分ほど。人口は昨年7月時点で約334万人。16世紀初頭にスペイン領となり、19世紀末の米西戦争で米領に。住民の多くがスペイン語を話す。連邦上院に議席がなく、下院には発言できるが議決に参加できない代表を送る。現状維持か州昇格、あるいは独立か、といった議論もある。

(2018-04-10 朝日新聞 朝刊 2外報)

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デジタル大辞泉の解説

プエルト‐リコ(Puerto Rico)

《富んだ港の意》西インド諸島中部、大アンティル諸島東端にある島。米国の自治領。首都サンフアン。1898年の米西戦争の結果、スペイン領から米国領となり、1917年準州、1952年以来自由連合州となる。サトウキビ・コーヒー・タバコ栽培や工業も行われ、観光地。人口398万(2010)。

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大辞林 第三版の解説

プエルトリコ【Puerto Rico】

西インド諸島、大アンティル諸島東端にある島。一六世紀からスペイン領であったが、1898年アメリカ-スペイン戦争の結果アメリカ合衆国領、1952年アメリカ自治領となる。サトウキビ・タバコ・コーヒーを産する。住民の大半はスペイン系白人。中心都市サンファン。面積8900平方キロメートル。

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