カリブ海政策(読み)カリブかいせいさく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カリブ海政策」の意味・わかりやすい解説

カリブ海政策
カリブかいせいさく
Caribbean Policy

カリブ海地域 (大小アンティル諸島と中央アメリカ) の諸国に対し,影響力を堅持しようとするアメリカの政策。アメリカは自国の安全保障にとってこの地域が死活的な重要性を有すると考え,アメリカ=スペイン戦争 (1898) 以来たびたび武力干渉を行なった。キューバ独立に際してはプラット修正 (1901) に定める内政介入権を認めさせ,パナマコロンビアからの独立時にはその援助のために大統領 T.ルーズベルト軍艦を送った。ルーズベルト政権は 1903年のパナマとの運河条約で,運河地帯の永久租借権の獲得に成功した。ルーズベルトは,アメリカにはカリブ海地域で「国際警察力」として活動する責任があると主張し,続く W.タフトと W.ウィルソンの政権も,ドミニカ共和国,ハイチニカラグアなどに対して長期の武力干渉や財政管理を実施した。この後 1930年代に F.ルーズベルトが善隣政策を揚げ不干渉を約束してから,約 30年間アメリカは武力行使を控えた。しかし 59年のキューバ革命で米ソ冷戦がカリブ海に波及すると事情は一変し,65年に L.ジョンソン政権はドミニカ共和国の内戦に武力介入した。さらに 79年にニカラグア革命が起ると,R.レーガン,G.ブッシュの両政権は,隣接諸国へのてこ入れ,反政府ゲリラ (コントラ) の援助,グレナダ派兵 (83) ,パナマ派兵 (89) など,一連カリブ海政策を活発に展開した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カリブ海政策」の意味・わかりやすい解説

カリブ海政策
かりぶかいせいさく

カリブ海を「アメリカの湖」とみなし、同地域一帯の勢力圏化を目ざしたアメリカ合衆国の政策。カリブ海地域に対するアメリカの経済的、戦略的関心は、19世紀末のラテンアメリカ市場および太平洋、極東方面への進出とともに強まっていたが、とくにアメリカ・スペイン戦争(1898)後プエルト・リコを領有し、キューバを保護国化し、パナマ運河建設に着手するに及んで、カリブ海地域支配はアメリカ対外政策のかなめとなった。ドミニカ問題をめぐって宣言されたルーズベルト・コロラリー(1904)、タフト政府(1909~13)のドル外交によるニカラグアとハイチの保護国化などは、カリブ海政策確立の一里塚であった。しかし、その後もウィルソン(在任1913~21)からフーバー(在任1929~33)に至る歴代政府は、共和党たると民主党たるとを問わず、カリブ海地域諸国とメキシコに対して干渉を繰り返し、ラテンアメリカ諸国から「北方の巨人」「ヤンキー帝国主義」と非難された。

[高橋 章]

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