ロシアの作家。本名クリメーントフКлиментов/Klimentov。中央アジアのボロネジに生まれ、鉄道技師専門学校を卒業後、技師として働きながら詩や評論を書いていたが、中編『グラドフ市』(1926)、『エピファニの水門』(1927)、『秘められた人間』(1928)などで特異な作家として注目された。しかし五か年計画と農村集団化の道を歩み始めた祖国は、作家に大きな懐疑と幻滅を抱かせ、そうした疑問を率直に表明した『疑惑を抱いたマカール』(1929)、『ためになる』(1931)などが、社会主義を風刺する作品として激しい批判を浴び、それ以後作品の発表は事実上不可能となった。1930年代にはそのため批評の分野に力を注ぎ、『プーシキンはわれらの同志』(1937)、『プーシキンとゴーリキー』(1937)を発表した。27年から長編『チェベングール』を執筆、29年に一応完成をみるが、活字になったのは作家の死後だいぶたった72年である。それでも彼は『土台穴』(1929~30執筆。87年本国で最初の公刊。完全なテキストは95年)、『初生水の海』(1934)、『ジャン』(1938年執筆。66年公刊)などの代表的作品を、活字になるあてもないまま書き続けた。第二次大戦後も悲運は続き、47年に発表した短編『イワノフの家族』(のちに『帰還』と改題)が、厳しい批判を受け、彼のすべての作品は二度と日の目を見ることのないまま、戦線での負傷が原因の結核で失意のうちにこの世を去った。87年ペレストロイカ以後、初めて本格的再評価と、全作品の完全なテキストの公刊が行われ、現在では20世紀を代表するロシア作家と最高の評価を受けている。
[原 卓也]
『江川卓訳『秘められた人間』、原卓也訳『ジャン』(『新集世界の文学 第45巻』所収・1971・中央公論社)』▽『安岡治子訳『疑惑を抱いたマカール』(『集英社ギャラリー 世界の文学15』 1990・集英社)』▽『原卓也訳『プラトーノフ作品集』(1992・岩波文庫)』▽『亀山郁夫訳『土台穴』(1997・国書刊行会)』
ロシアの中世史家。ウクライナのチェルニヒウで生まれる。ペテルブルグ大学を卒業。1899年より同大学教授。アカデミー会員(1920~1931)。研究の中心はロシアの動乱期にあり、主著は『16―17世紀モスクワ国家の動乱史概説』(1899)。そのほか、ゼムスキー・ソボール(全国会議)の研究などもある。彼の政治的見地は保守的であり、叙述は簡潔、正確であった。晩年サマラ(クイビシェフ)に追放されて、その地で死去。
[伊藤幸男]
ソ連邦の作家。ボロネジ生れ。短編集《エピファニの水門》(1927)で作家として認められたが,以後《疑惑を抱いたマカール》(1929)や《帰郷》(1946)などの作品がソ連を誹謗(ひぼう)するものとして過酷な批判にさらされ,不遇なまま世を去った。彼の文学は,19世紀の思想家ニコライ・フョードロフとのつながりを感じさせる特異な世界観に貫かれ,きわめて個性的な文体で書かれている。本格的な再評価が始まったのは1960年代になってからで,たくましい反ユートピア的想像力に支えられた代表作《土台穴》(1930-31ころ執筆。初版1969,ロンドン)や《チェベングール》(1928-30ころ執筆。初版1972,パリ)がソ連で初めて出版されたのは88年のことである。
執筆者:沼野 充義
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