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プリエト Prieto, Joaquín

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プリエト
Prieto, Joaquín

[生]1786.8.20. コンセプシオン
[没]1854.11.22. バルパライソ
チリの軍人,政治家。大統領 (在任 1831~41) 。 1805年軍隊に入り,独立戦争に従軍。独立 (18) 後,保守派の指導者として活躍し,自由主義派の領袖 R.フレイレを倒して 29~30年の革命を成功させ,2期連続大統領をつとめた。在任中,D.ポルタレスら有能な閣僚を擁し,憲法の制定 (33) ,教育,財政の整備などにすぐれた業績を上げ,対ペルー=ボリビア戦争 (36~39) を勝利に導いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

プリエト【Indalecio Prieto y Tuero】

1883‐1962
スペインの政治家,ジャーナリスト。ビルバオ市で速記者から,のちに《エル・リベラル》紙編集長,社主となる。16歳で社会党に入党,1911年ビルバオ市会議員,18年代議士初当選。23年プリモ・デ・リベラの独裁が始まると,パリに逃れ,反対運動を行う。31年第二共和国の成立に際し入閣し,蔵相,公共事業相を歴任。34年アストゥリアス革命の失敗後,フランスへ亡命。アサーニャとともに人民戦線の形成に尽力した。36年内戦が始まると,海・空相,国防相に就任。

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世界大百科事典内のプリエトの言及

【スペイン内乱】より

…つまり,共和国大統領および首相は,国民の大多数がカトリック教徒であり,保守的な志向をもつ農民である事実を理解していなかった。それにひきかえ,社会党穏健派に属して,消息通であったI.プリエトは,5月以降,何回となく軍事クーデタが起こる可能性を示唆していた。また,ラルゴ・カバリェロ率いる社会党過激派,統一社会主義青年部(社会党+共産党),ならびに共産党は,36年8月半ばころまでは,クーデタをプロレタリア革命への契機とすることを意図していたようである。…

※「プリエト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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