ヘーシンク(その他表記)Geesink, Anton

デジタル大辞泉 「ヘーシンク」の意味・読み・例文・類語

ヘーシンク(Anthonius Geesink)

[1934~2010]オランダ柔道選手。松本安市らに師事し、昭和39年(1964)の東京オリンピックで無差別級金メダルを獲得。引退後もカラー柔道着の導入を提唱したほか、柔道の世界的普及に努めた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘーシンク」の意味・わかりやすい解説

ヘーシンク
Geesink, Anton

[生]1934.4.6. ユトレヒト
[没]2010.8.27.ユトレヒト
オランダの柔道家。1961年,日本人以外で初の柔道世界チャンピオンとなり,日本のお家芸という柔道のイメージをオリンピック競技大会種目にふさわしい国際的競技へと変えることに貢献した。身長 198cm,体重 120kgの巨体をいかしただけでなく,相手を圧倒する強さは日本でのトレーニングと優れた技術のたまものだった。1951~67年にヨーロッパ選手権大会で 21回,世界選手権大会で 1961,1964,1965年の 3回タイトルを獲得,柔道が初めて正式種目に採用された 1964年の東京オリンピック競技大会では,無差別級で金メダルを獲得した。柔道に関する著書も数冊ある。ヨーロッパ柔道連盟の名誉会長を務め,2003年には国際柔道連盟 IJF殿堂入りを果たす。1987年から死去するまで国際オリンピック委員会 IOC委員を務めた。

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百科事典マイペディア 「ヘーシンク」の意味・わかりやすい解説

ヘーシンク

オランダの柔道家。ユトレヒト出身。14歳で柔道を始め,日本でも講道館,天理大などで学ぶ。1961年,第三回世界柔道選手権で並みいる日本の強豪選手を破って優勝。1964年の東京オリンピックの無差別級決勝で,神永昭夫袈裟固めで一本勝ちして金メダルを獲得した。ヘーシンクの勝利は,日本柔道界に衝撃をもたらしたが,柔道が国際スポーツとなるきっかけとなった。その後も圧倒的な強さを誇り,世界選手権で二度優勝,ヨーロッパ選手権では通算21個の金メダルを獲得した。引退後一時,日本のプロレス界にいたが,その後柔道界に復帰し,後進の指導に当たった。国際柔道連盟理事,国際オリンピック委員を歴任。1997年,国際柔道連盟より十段位授与,2004年,国際柔道殿堂入りを果たした。

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