改訂新版 世界大百科事典 「ベスティアリ」の意味・わかりやすい解説
ベスティアリ
bestiary
中世ヨーロッパで広く読まれた動物(一部は植物)についての寓意譚集。ラテン語では〈リベル・ベスティアリウムliber bestiarium〉という。ユニコーンのような空想上の動物を含み,それらの形態,行動,習性を語りながら信仰や人生の教訓を与え,人間の諸性質を風刺する読物として,ヨーロッパ近代諸語のみならず,アラビア語,エチオピア語などにも翻訳された。起源は2世紀ごろアレクサンドリアで成立したといわれるギリシア語文献〈フュシオロゴスphysiologos〉にある。これは,アリストテレスの《動物誌》や大プリニウスの《博物誌》などを参考にしてキリスト教徒が作りあげた文書群であり,約50の動植物と鉱物の叙述から成る。つねに〈フュシオロゴス・レゲイ(自然学者は言う)〉という文章ではじまることなどから,元来は博物学的な論述を集めた文書だったらしいが,4世紀には宗教的な教訓寓話集に定着した。ここではたとえば,荒々しいユニコーンが処女によってのみ従順となるのは,けがれない信仰が野生を教化することの象徴であるとか,ライオンとアリから生まれたアリジゴクが何も食べられずに死んでしまうのは,神と悪魔の双方に仕える二心ある者の運命であるからだなどと説かれている。この文書がラテン語に訳され,セビリャのイシドルスが著した膨大な百科全書的著作《語源録または事物の起源》を新たな資料として加えたものが〈ベスティアリウムbestiarium〉(〈獣譚〉の意)で,遅くとも12世紀ごろには聖書に次ぐ人気ある書物になった。ベスティアリ(リベル・ベスティアリウム)に改称されて以後の写本には動植物のシンボリックな挿絵が添えられ,これにより動物はキリスト教の象徴体系に完全に吸収された。13~15世紀にかけては教会装飾のモティーフとしても盛んに用いられている。みずからの血を雛に与えるペリカンは,自己犠牲の寓意としてイエス・キリストを表し,ライオンの子は仮死状態で生まれ3日間親に息をかけてもらった後に生き返るため,キリストの復活を表現する,などの例は現在も記憶されている。近代生物学の見地からは荒唐無稽な記述に満ちているとはいえ,ヨーロッパの博物誌の伝統の中では無視できない影響力をもち,とりわけ《イソップ物語》などとともに西洋の美術や文学に豊かなイメージを提供したことは特筆に値しよう。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報