動物、植物、鉱物、地質、気象、天文など、自然界の事物・現象を総合的に記述した書物の標題。古代ギリシアの哲学者アリストテレスの『動物誌』などは博物誌的な著作の原型とみられるが、博物誌という標題がついた最初の書物は、ローマの著作家プリニウスの編になる『博物誌』Historia Naturalis全37巻である。東洋では、中国晋(しん)代の張華(ちょうか)がその百科全書的な知識を駆使して著した『博物誌』10巻がある。内容は超自然的な色彩が強く、仙人とか異常な人間、怪獣の話が多いが、自然観察に類する記述も散見する。
近代博物学の代表的なものとしては、フランスの博物学者ビュフォンの『博物誌』Histoire Naturelle全44巻がある。博物学者で解剖学者のドバントンLouis Daubenton(1716―1800)がおもな協力者となり、1749年から1804年にかけて出版された。地球、人類、四足獣、鳥類、爬虫(はちゅう)類、魚類、クジラ類、鉱物など広い分野を包括する大著で、文章も優れ、しかも図版入りの豪華版であったため、多くの人たちに親しまれた。この著作においてビュフォンの意図したところは、博物学上の知識の集大成であり、その底には当時のフランスにおける啓蒙(けいもう)思想と合理主義の精神が流れている。本書においてビュフォンは、自然界を支配する統一的な法則を明らかにすることを企て、地球の起源や生物界の変遷などについて論じ、博物学の普及に大いに貢献すると同時に、その後の生物学、地質学などの発展に道を開いた。
それ以後、博物学が動物学、植物学、鉱物学、地質学、天文学などの専門領域に分化発展するに伴って「博物学」という標題をつけた学術的な著作は少なくなり、むしろ自然観察をテーマとする文学的作品ないしは随筆の標題として好んで用いられるようになった。イギリスの牧師G・ホワイトが生地セルボーンの風物を美しい文章で綴(つづ)った『セルボーン博物誌』(1789)、フランスの作家ルナールの優れた短文集の『博物誌』(1896)、イギリスの作家で博物学者のW・H・ハドソンの『ラ・プラタの博物学者』(1892)など、その好例である。また、ファーブルの『昆虫記』(1878~1907)、シートンの『動物記』も博物誌の範疇(はんちゅう)に入れることができる。
[山口雅弘]
西洋で最初の百科事典。編者はプリニウス(大)で、77年完成。全37巻。当時の博物学の集成で、博物関係著者ローマ人146人、ほか330人の著書1000余部から2万の動植物などを選んで記述している。第1巻は総説、索引的目次、引用書目録。そして、第2巻から第37巻までは分類別に2万種の説明がある。すなわち、第2巻は自然宇宙、第3~6巻は地理と人類学、第7巻は人類学・心理学、第8~11巻は動物学、第12~19巻は植物学、第20~32巻は薬剤学、第33~37巻は鉱物学・金属学となっている。この書は現代科学からみれば、科学的体系と方法論、および細部に誤りが目だつが、当時から中世には権威があり、よく利用された。
[彌吉光長]
『中野定雄他訳『プリニウスの博物誌』(1986・雄山閣出版)』
フランスの作家ジュール・ルナールの短文集。1896年刊。故郷シャロン近在の村で自然観察のかたわら書きつづったもの。簡潔な文体で豊かなイメージを描き出す詩的散文45項目(後の版では70項目)を収める。機知とユーモアからなる短文は、たとえば「蝶(ちょう)――二つ折りにしたこの恋文は、花の宛名(あてな)をさがしている」、「蛍――いったい、どうしたんだろう? もう夜の9時なのに、あの家では、まだあかりがついている」、「蛇――長すぎる」など、気がきいていて美しい。ルナールは自ら「イマージュ(映像)の猟人(かりゅうど)」と名のるが、幻視者としての詩情は、俳諧(はいかい)的散文のなかにみごとに開花している。
[窪田般彌]
『岸田国士訳『博物誌』(新潮文庫)』
フランスの博物学者ビュフォンが,解剖学者ドーバントンL.J.M.Daubenton(1716-1800)ら数人の協力者を得て著述した大著。全36巻で地球,人類,四足獣に関する15巻(1749-67),《鳥類の博物誌》9巻(1770-83),《補遺》7巻(1774-89),《鉱物の博物誌》5巻(1783-88)からなる。さらに著者の死後博物学者ラセペードLacépède(1756-1825)により《虫類,魚類,クジラ類》8巻(1788-1804)が出版された。全ヨーロッパで広く読まれ,博物学の普及に大いに貢献したが,単に自然に関する当時の知識の集大成というだけでなく,生物体特有の構成要素に〈有機的分子〉を想定してデカルト的な機械論を修正したり,一定の限度内での生物変移説を主張するなど多くの独創的な見解もみられる。なかでも《補遺》第5巻《自然の諸時期》(1778)では,地球の起源について叙述し,生命の自然発生を肯定するなど,聖書の記述に反する大胆な仮説を展開した。またその気品のある文体,生彩に富んだ的確な描写により文学作品としても広く愛読された。
執筆者:赤木 昭三
大プリニウスの著作。全37巻。紀元77年に完成し,ウェスパシアヌス帝の息子のティトゥス(後に皇帝,在位79-81)に捧げられた。上梓は死後,甥の小プリニウスによってなされた。冒頭の献呈の序文に続き,第1巻は後続36巻分の目録と彼が典拠としたおもな著作者名を列挙する。全巻を通して参考にした人たちはローマ人146名,外国人327名。大小項目数は合計約3万5000に達する。第2巻:宇宙誌,第3~6巻:地理,第7巻:人間論,第8~11巻:動物誌,第12~19巻:植物誌,第20~27巻:植物薬剤,第28~32巻:動物薬剤,第33~35巻:金属とその製品(絵具を含む),薬剤,その他,絵画,建築,彫刻のこと,第36~37巻:鉱物,宝石とそれらの薬剤。ちなみに,記載植物数1000種は古典ギリシア期の類書のそれの2倍以上。荒唐無稽な叙述もあることから,彼の科学的合理精神を疑う向きもあるが,その広範な記載は文献史上貴重な資料となっている。
執筆者:大槻 真一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
プリニウス(大)の作品。全37巻。77年に完成し,ティトゥス帝に献ぜられた。一種の百科辞典。内容は天文,気象,地理,鉱物,動物,植物にまで及ぶ。だが取捨選択の明確な基準なしに多方面の材料,記事を収集してある。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…自然の動物,植物,鉱物,また広くは天体,気象,地理や住民についても,網羅的に記載した編纂物を言い,〈博物誌〉とも呼ばれる。自然誌は〈自然について誌したもの〉という意味であるが,中国では誌を〈志〉とも書き,《漢書》以来〈天文志〉〈地理志〉〈食貨志〉などと呼ばれていた。…
…1889年《メルキュール・ド・フランス》誌の創刊に加わり,あらゆる文学的粉飾や感情的誇張をしりぞけた厳密な写実主義の文体で小説を書き,詩を作った。自ら〈イメージの狩人〉と称したルナールは,動物の世界を真正面から見すえた《博物誌Histoires naturelles》(1894)で,簡明な文の羅列による独創的な詩の文体を作った。《博物誌》のうち5編をJ.M.ラベルが音楽にしている。…
…また,ローマの支配地の拡大にともない,珍しい動植物の収集がおこなわれたが,これも学問的興味というより,収集自体を楽しむことが目的であったようである。生物学史と医学史との関係で注目されるのは,ギリシア人たちの医学的知識を集大成したA.C.ケルスス,約600種の植物の薬効について記載したP.ディオスコリデス,および37巻の《博物誌》を編集した大プリニウスらである。《博物誌》は昔の学者の動植物の記載を集めたものであるが,食用,薬用のほか道徳的教訓としての効用の面から集めている。…
… 怪物に関する記録はギリシア・ローマ時代から中世にかけて,当時まだ未知の世界であった北方ヨーロッパ,アジア,アフリカの自然誌あるいは紀行文の形で開始された。その代表的著作大プリニウスの《博物誌》は,アレクサンドロス大王のインド遠征によってもたらされた情報などを基に,見知らぬ土地の人間や動植物を怪物として記録したものを含んでいる。そこには,アマゾン(好戦的な女族で,右の乳房を切り取っている),アンティポデス(足が逆向き),アストミ(口がなく,リンゴなどの香を嗅いで生きている),ブレミュアエ(頭を持たず,胸に顔が付いている),スキアポデス(大きな1本足を日傘のように使う)ほか,無数の異様な民族が挙げられている。…
…そこではエウパリノスEupalinos(前6世紀のギリシアの技術者)やアルキメデスや李冰(りひよう)や飛驒工(ひだのたくみ)などがあげられている。このような扱い方が支配的だった時代に,ウィトルウィウスの《建築十書》や大プリニウスの《博物誌》や中国の〈考工記〉が,メカニズムや材料を中心とした技術の扱いを示していることは注目に値する。 中世では伝統が重んじられていたので,新機軸よりも信頼性や洗練度が重視され,技術は芸術に近いものになった。…
…自然の動物,植物,鉱物,また広くは天体,気象,地理や住民についても,網羅的に記載した編纂物を言い,〈博物誌〉とも呼ばれる。自然誌は〈自然について誌したもの〉という意味であるが,中国では誌を〈志〉とも書き,《漢書》以来〈天文志〉〈地理志〉〈食貨志〉などと呼ばれていた。…
…英語のパールはラテン語の〈ペルナperna〉(貝の一種)からきているが,ラテン作家はもっぱらギリシア語系の〈マルガリタmargarita〉を使っており,大プリニウスもその点では同様である。プリニウスの《博物誌》第9巻には,〈受胎の季節になると貝は口をあけ,天から降ってくる露を吸いこむ。こうして受胎した貝から生まれてくるのが真珠である〉とある。…
…元来は,主として天然に存在する多様な動物,植物,鉱物(つまり自然物)の種類,性質,分布などの記載とその整理分類の学であった。その成果が自然誌(博物誌)であるから,博物学は自然誌学であったともいえる。古くは自然現象や地理,住民,産物なども対象とする自然学に包含されていたが(アリストテレスなど),科学の分化・発展にともない狭義の自然科学が確立されるにつれて,それと対置されるようになった。…
…別名バジリコックBasilicock,コッカトリスCockatrice。頭に王冠の形の斑点を持つ蛇で,毒気が強く,視線に会うと死ぬと大プリニウスの《博物誌》にはある。その名はbasiliskos(ギリシア語で〈小王〉の意)に由来する。…
…前1世紀のギリシア人ヒッパロスHippalosが発見したという伝承によってこの名で呼ばれるが,実際にはギリシア人以前にフェニキア人,インド人などが利用していたと考えられる。この風による航海について正確に記述しているのは1世紀の大プリニウスであり,彼の《博物誌》には〈アラビア南部のオケリスからヒッパロスの風を利用してインド南西部海岸のムジリスに至る航路がある。その間,片道40日を要する〉とある。…
…古代ローマの博物誌家。イタリアのコモに生まれ,かなり若くしてローマに出て,文学,法律,雄弁術を学び,軍人としての訓練も身につけた。…
… 西洋で分類の基礎をつくったのはアリストテレスで,おもに動物について分類体系をつくり(図1),その弟子のテオフラストスが植物分類を試みた。ローマ時代の大プリニウスの《博物誌》は天,地,人にわたっての総括の試みである。インドでは天,地,人を区別せず,パクダ・カッチャーヤナのように地,水,火,風,苦,楽,魂を要素とするような哲学をつくったが,これらは構成要素であって分類とはいえず,普遍者を重んじるインドでは一般に博物学は発達しなかった。…
…ほかにウェレイウス・パテルクルスVelleius Paterculus,クルティウス・ルフスCurtius Rufus,フロルスなどの歴史家の名がみられる。またそのほかの散文作家には,小説《サテュリコン》の作者ペトロニウス,百科全書《博物誌》の著者の大プリニウス,《書簡集》を残した雄弁家の小プリニウス,農学書を残したコルメラ,2世紀に入って,《皇帝伝》と《名士伝》を著した伝記作家スエトニウス,哲学者で小説《黄金のろば(転身物語)》の作者アプレイウス,《アッティカ夜話》の著者ゲリウスなどがいる。 詩の分野ではセネカの悲劇のほかに,叙事詩ではルカヌスの《内乱(ファルサリア)》,シリウス・イタリクスの《プニカ》,ウァレリウス・フラックスの《アルゴナウティカ》,スタティウスの《テバイス》と《アキレイス》など,叙事詩以外ではマニリウスの教訓詩《天文譜》,ファエドルスの《寓話》,カルプルニウスCalpurniusの《牧歌》,マルティアリスの《エピグランマ》,それにペルシウスとユウェナリスそれぞれの《風刺詩》などがみられる。…
… 怪物に関する記録はギリシア・ローマ時代から中世にかけて,当時まだ未知の世界であった北方ヨーロッパ,アジア,アフリカの自然誌あるいは紀行文の形で開始された。その代表的著作大プリニウスの《博物誌》は,アレクサンドロス大王のインド遠征によってもたらされた情報などを基に,見知らぬ土地の人間や動植物を怪物として記録したものを含んでいる。そこには,アマゾン(好戦的な女族で,右の乳房を切り取っている),アンティポデス(足が逆向き),アストミ(口がなく,リンゴなどの香を嗅いで生きている),ブレミュアエ(頭を持たず,胸に顔が付いている),スキアポデス(大きな1本足を日傘のように使う)ほか,無数の異様な民族が挙げられている。…
…自然の動物,植物,鉱物,また広くは天体,気象,地理や住民についても,網羅的に記載した編纂物を言い,〈博物誌〉とも呼ばれる。自然誌は〈自然について誌したもの〉という意味であるが,中国では誌を〈志〉とも書き,《漢書》以来〈天文志〉〈地理志〉〈食貨志〉などと呼ばれていた。…
…フランス進化論の皮切りというべき著作は,モーペルテュイの《人間と動物の起原》(1745)で,モーペルテュイはまた遺伝学の先駆者としても評価されている。ビュフォンは大著《博物誌》(1749以降)の諸巻で進化をほのめかしているが,反対の意味にとれる記述もある。彼は地球の年齢を《創世記》にもとづくよりはるかに長大なものとし,それを測定するための実験も試みた。…
…元来は,主として天然に存在する多様な動物,植物,鉱物(つまり自然物)の種類,性質,分布などの記載とその整理分類の学であった。その成果が自然誌(博物誌)であるから,博物学は自然誌学であったともいえる。古くは自然現象や地理,住民,産物なども対象とする自然学に包含されていたが(アリストテレスなど),科学の分化・発展にともない狭義の自然科学が確立されるにつれて,それと対置されるようになった。…
※「博物誌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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