ベルネ(英語表記)Börne, Ludwig

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベルネ
Börne, Ludwig

[生]1786.5.6. フランクフルト
[没]1837.2.12. パリ
ドイツのジャーナリスト,批評家。本名 Löb Baruch。「若きドイツ」派の代表的論客。ユダヤ人の銀行家の子に生れ,初め医学を学び,のち法学に転じ官吏となったが,政府の反動化により解雇され,ジャーナリズムに入った。初め雑誌『秤』 Die Waage (1818~21) などに拠り,劇評や社会批評に健筆をふるったが弾圧を受け,1830年の七月革命を機にパリに亡命,『パリからの手紙』 Briefe aus Paris (32~34) を書いて,ドイツ民衆の覚醒を促した。ほかに,W.メンツェルを批判した『フランス人嫌いのメンツェル』 Menzel der Franzosenfresser (37) など。

ベルネ
Vernet, Claude Joseph

[生]1714.8.14. アビニョン
[没]1789.12.3. パリ
フランスの画家。アビニョンとエクスの装飾画家であったが,1734~53年にローマで風景画を学び,帰国後はフランス・アカデミー会員となり,ルイ 15世の注文で『フランスの港』 (1754~62,ルーブル美術館ほか分蔵) を連作した。

ベルネ
Vernet, Antoine Charles Horace

[生]1758.8.14. ボルドー
[没]1836.11.27. パリ
フランスの画家。通称カルル。 C.J.ベルネの息子。風俗画に巧みで,リトグラフ先駆者ナポレオンのため『マレンゴ』 (1804) その他の戦争画を描いたが,のちにルイ 18世の宮廷画家となり,競馬や狩猟の作品を多く制作した。

ベルネ
Vernet, Émile Jean Horace

[生]1789.6.30. パリ
[没]1863.1.17. パリ
フランスの画家。 A.C.H.ベルネの息子。熱烈なナポレオン礼賛者で,リトグラフも制作。馬や戦争の情景を描いたが,1829年にはローマのフランス・アカデミー学長。 33年にはアルジェリアのフランス軍に従軍し,アラブの風景も描いた。またナポレオン3世のためにベルサイユ宮殿の歴史ギャラリーの戦争画を制作。

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デジタル大辞泉の解説

ベルネ(Ludwig Börne)

[1786~1837]ドイツの評論家。ユダヤ系。パリの七月革命を取材して報告し、後のドイツ三月革命に影響を与えた。著「パリだより」「フランス人ぎらいのメンツェル」。

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百科事典マイペディアの解説

ベルネ

ドイツのユダヤ系評論家。人種差別を身をもって体験,急進的自由主義の論陣を張る。七月革命以後パリに移住。フランスの政治,思想を伝えた《パリだより》2巻(1832年―1834年)は文化史的にも貴重な記録。《フランスぎらいのメンツェル》(1837年)では排外的国粋主義を批判した。ハイネとともに青年ドイツ派のリーダー的存在。

ベルネ

フランスの風景画家。アビニョン生れ。ロランプッサンらの影響を受け,詩情豊かな風景画を得意とした。特に港の光景と嵐や難破船モティーフを結びつけた作品に独自の味わいをみせ,海洋画家として名高い。代表作は《トゥーロン港》(1755年,パリ,海洋博物館蔵)をはじめとするフランスの主要港を描いた14点など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ベルネ【Claude Joseph Vernet】

1714‐89
フランスの画家。アビニョン生れ。1734年より20年間イタリアに滞在し,43年ローマの画家組合に登録。ローマ,ティボリナポリなどの風景,海景を主として描く。コロー先駆というべき繊細な光の表現が《ポンテ・ロット》(1745)などにうかがえる。53年帰国し,アカデミー会員となる。フランスの主要な港を描く15点の海景では,光の表現はいっそう劇的な効果を高める。またフラゴナール風の浴女も描くが,好んで題材とした嵐の風景は,19世紀風景画,またロマン派の先駆的な表現とみることができる。

ベルネ【Ludwig Börne】

1786‐1837
ドイツの評論家。フランクフルトのユダヤ人ゲットーに生まれる。1818年,文芸雑誌《ワーゲDie Wage》を創刊して文筆生活に入る。パリ移住後のベルネの政治評論を代表する《パリ便り》(1832‐34)は機知に富む鋭利な文体を駆使して,ドイツの時代錯誤の現状を容赦なくあばきだした。ハイネと並ぶ青年ドイツ派のリーダー格とみなされたが,ハイネとは晩年に決別。その50年の生涯は,自己の共和主義的信念をかたくなに守りぬいた清楚な革命家の一生であった。

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大辞林 第三版の解説

ベルネ【Ludwig Börne】

1786~1837) ドイツの批評家。パリの七月革命をつぶさに取材し、盛んな文筆活動によってドイツの三月革命に影響を与えた。著「パリだより」「フランス人ぎらいのメンツェル」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベルネ
べるね
Ludwig Brne
(1786―1837)

ドイツのジャーナリスト。フランクフルトのユダヤ人ゲットーに生まれる。1818年、文芸雑誌『ワーゲ』を創刊して文筆生活に入る。パリ移住後のベルネの政治評論を代表する『パリ便り』(1832~1834)は、機知に富む鋭利な文体を駆使して、ドイツの時代錯誤の現状を容赦なく暴き出した。ハイネと並ぶ「青年ドイツ派」のリーダー格とみなされたが、「政治革命か社会革命か?」をめぐって両者は鋭く対立し、ついには誹謗(ひぼう)と私怨(しえん)の大激突のうちに決別する。ベルネのわずか50年の生涯は、自己の共和主義的信念をかたくなに守り通した清楚(せいそ)な革命家の一生であった。ドイツ・ジャコバン派の政治的ジャーナリズムは、彼によって引き継がれたといっても過言ではない。[林 睦實]

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