ホウレンソウ

食の医学館 「ホウレンソウ」の解説

ホウレンソウ

《栄養と働き》


 原産はペルシア(現在のイラン)で、わが国には江戸時代に唐船によって、長崎に伝えられました。当初伝えられたのは、葉に深い切れ込みがあり、根の部分が赤い東洋種でした。葉先が丸くて切れ込みのない西洋種が伝わったのは江戸時代末期で、フランスから伝わりました。
 今でこそ簡単に手に入る野菜ですが、明治時代までは高級野菜として扱われており、広く一般に広がったのは大正時代中期からで、本格的に栽培がはじまったのは昭和以降です。
 最近では、東洋種と西洋種を交配させた交配種が出回っています。別名をサラダホウレンソウといい、アクがないので、生でおいしく食べられる品種です。
〈粘膜を保護し、免疫力を高める〉
○栄養成分としての働き
 カロテンをはじめ、ビタミンB1、B2、B6、C、E、鉄、マンガンなど、豊富な栄養成分が含まれています。
 とくに他の野菜とくらべて含有量が多いのはカロテン。これは、体内でビタミンAにかわって、粘膜(ねんまく)を保護する働きをし、皮膚表面の組織を健全に保つために必要な栄養素です。欠乏すると角膜(かくまく)にあながあいて失明することにつながります。Aを必要量とることは、夜盲症(やもうしょう)、肌荒れ、かぜなどの予防に役立ちます。
 またAは、細菌やウイルスに対する免疫力を高める作用もあります。
 カロテンには、発がん物質の毒性を軽減させる働きもあります。
〈葉酸と鉄分が貧血を予防する〉
 ビタミンCも比較的多く含まれ、カロテンとともに、肌を美しく保ちます。
 造血ビタミンと呼ばれる葉酸(ようさん)も多く、貧血を予防。ニコチンやアルコールを中和解毒する葉緑素も含み、ヘビースモーカーや愛飲家は常食を心がけるといいでしょう。
 そして、ホウレンソウの栄養的な特徴といえば、なんといっても鉄分が豊富なことです。
 鉄分は血液中の赤血球や筋肉の中の色素に含まれ、酸素の運搬に必要とされる成分です。葉酸とともに貧血予防に欠かせないものなので、女性はとくに意識してとりたい栄養素の1つです。
 カリウムも豊富です。カリウムは体内のナトリウムを排泄(はいせつ)し、高血圧予防に有効に働きます。
 さらに、ホウレンソウには体内の異物を排除する生体防御機能をもつ「マクロファージ」という細胞も活性化させ、この働きにより、がん細胞を壊死(えし)させる作用があるといわれています。
 そして、血液をサラサラにするピラジンという香り成分も。タマネギ、セロリ、ニラなどと同様に、香りに含まれているこの成分には、血小板凝集(けっしょうばんぎょうしゅう)を抑制する働きがあるのです。つまり、血栓(けっせん)を防ぐ効果があり、動脈硬化予防に有効です。
○漢方的な働き
 ホウレンソウは、中国では腸を潤して便通をもたらす野菜として知られています。体力の衰えた老人の便秘(べんぴ)治療に用いられているといいます。

《調理のポイント》


 ホウレンソウにはシュウ酸などアクの成分が多いので、熱湯でさっとゆでてから流水にさらしてアク抜きをします。
 水にさらしすぎるとビタミンCが流れでてしまうので、長時間さらしておかないように。
 豊富に含まれるカロテン、ビタミンCにEを加えて免疫力を高めましょう。
 ビタミンEをプラスするには、アーモンドなどのナッツ類、植物油、カボチャ、ウナギなどと組み合わせましょう。
 貧血予防には牛肉と組み合わせて、また、高血圧予防にはノリと組み合わせてとるといいでしょう。
〈効率よく鉄分をとるには、良質のたんぱく質食品を組み合わせる〉
 鉄分の補給源として適した野菜ですが、食べても吸収されるのはほんの2~5%。植物性の食品に含まれる非ヘム鉄は吸収されにくいからです。効率よく鉄分をとるには、良質のたんぱく質食品のたまごや魚、肉類を組み合わせること。こうするとあまり影響がないことがわかっています。
 また、ビタミンCが多いと吸収率が高くなるので、Cを多く含んだ食品といっしょに食べるようにしましょう。
○注意すべきこと
 ホウレンソウに含まれるシュウ酸が、鉄やカルシウムの吸収を妨げ、逆に貧血やカルシウム不足による骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や結石(けっせき)をつくりやすくするなどといわれています。
 しかし、シュウ酸による影響が現れるのは、生で1kg以上食べ続けた場合のことです。適度な量ならば、その心配はありません。ゆでて食べれば大丈夫です。
 ただ、すでに結石のある人はひかえたほうが無難です。
 また、ビタミンKを含むので、心臓病の抗不整脈の薬、キニジン硫酸塩水和物を服用している人が多量にとりすぎると、吐(は)き気(け)や頭痛、徐脈(じょみゃく)などの副作用がでるので気をつけましょう。
 血栓症(けっせんしょう)の人で、ワルファリンカリウムという薬を服用している場合は、薬の効果がなくなるので、やはり大量に食べるのをひかえてください。

出典 小学館食の医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ホウレンソウ」の意味・わかりやすい解説

ホウレンソウ
ほうれんそう / 菠薐草
[学] Spinacia oleracea L.

アカザ科(APG分類:ヒユ科)の二年草。葉菜として畑に栽培される。初めは茎は伸びず、根生葉を多く出して茂り、越冬して翌春に茎が伸びて高さ30~70センチメートルになり、茎の上部で枝を分かち、花をつける。雌雄異株。雌花は葉腋(ようえき)に3~5個ずつ集まってつき、子房には4本の花柱がある。雄花は穂状あるいは円錐(えんすい)花序につき、萼(がく)は4枚、雄しべは4本。果実は宿存花被(かひ)が発達して硬くなった偽果で、径約4ミリメートル、両側部が突起して小さなヒシの実形となり、中に一つの種子がある。根は直根で淡赤色。

[星川清親 2021年2月17日]

起源と伝播

ホウレンソウの野生祖先種はカフカスからイランの北西部にわたる地域に自生するが、イラン(ペルシア地域)が起源地で、そこで栽培された。その後、イスラム教徒によって東西に伝播(でんぱ)した。西へは、11世紀までにスペインに、14世紀にイギリス、16世紀にはフランスほか全域に伝播した。アフリカには、アラビアを経て地中海岸地域に伝播した。アメリカには1806年以後にヨーロッパから入った。

 東へは、シルク・ロードを経て漢の時代に中国に伝播し、ペルシア(菠薐(ほうれん)国)から入ったので、菠薐草の名がついたという。しかし、10世紀ころの『唐会要』には、唐の太宗の647年にネパールから献じられたことが記述されており、実際には7世紀ころ唐の時代に渡来したものであろう。その後中国各地に普及し、とくに華北で盛んに栽培されるようになった。こうして西洋種(西洋ホウレンソウ)と東洋種(日本でいう在来種、つまり日本ホウレンソウ)が成立した。日本には『多識篇(たしきへん)』(1612)に「唐菜(からな)」の名で載るのが最初で、それによると、16世紀ころ東洋種が中国から渡来したことになる。一方、西洋種は文久(ぶんきゅう)年間(1861~1864)にフランスから導入されたのが最初で、その後、アメリカから明治初年に再導入された。しかし、西洋種は日本人の嗜好(しこう)にあわず、その当時は普及しなかった。

[田中正武 2021年2月17日]

栽培

日本ホウレンソウと西洋ホウレンソウそれぞれの特性を生かした栽培が行われている。日本ホウレンソウは、葉は薄く、切れ込みが大きく、根元が赤い。味がよいが、春のとう立ちが早いので、秋播(あきま)き・冬取り用に栽培される。一方、西洋ホウレンソウは葉は厚く、縮れ、全縁で、根元の赤みが少なく、種子は刺(とげ)が少ない。多収でとう立ちが遅いので、初冬または早春播きで春から初夏に収穫する。ほかに、暑さに強く夏取り用の台湾種とよぶ系統もある。最近はこれらの系統間の一代雑種(F1)の品種が栽培されている。

 ホウレンソウは酸性土で生育が悪い特性があり、火山灰性酸性土の日本では石灰により土壌を中和して栽培する必要がある。最近はビニルハウスなど施設園芸により、一代雑種(F1)品種を用いて、周年栽培・供給されている。

[星川清親 2021年2月17日]

食品

ホウレンソウはもっとも親しまれている葉菜の一つで、繊維が少なく、舌ざわりが好まれる。栄養価は、100グラム中、水分90.4グラム、タンパク質3.3グラム、脂質0.2グラム、糖質3.6グラム、灰分1.7グラム。無機質ではカルシウム55ミリグラム、リン60ミリグラム、カリウム740ミリグラムなどが多い。ビタミンではAがカロチン3100マイクログラム、A効力1700IUときわめて高く、B1、B2、Cなども豊富に含まれる。とくにタンパク質はトリプトファン、シスチンなどを多く含み栄養的に優れており、幼児食、病人食などに適している。しかし細胞内にシュウ酸が多く含まれ、これは有害なので、十分な水でよくゆでて、水にさらすなどしてシュウ酸を除く心得が望ましい。料理はおひたし、和(あ)え物、椀種(わんだね)など和風料理にも、バター炒(いた)め、クリーム和え、裏漉(うらご)ししてスープに入れるなど洋風料理にも広く利用される。

[星川清親 2021年2月17日]


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改訂新版 世界大百科事典 「ホウレンソウ」の意味・わかりやすい解説

ホウレンソウ (菠薐草)
spinach
Spinacia oleracea L.

葉を食用にするアカザ科の一・二年草。アフガニスタンからトルキスタンあたりの西アジアが原産地と考えられ,この地域に近縁野生種S.tetrandra Stev.が分布する。ヨーロッパには11世紀に伝わり,アメリカには16世紀の初期にヨーロッパから導入されている。中国へはシルクロードやネパールをへて導入されたといわれ,華北での栽培が盛んで,多くの品種が分化している。日本へは江戸時代に唐船によって長崎に伝えられた。これが今日の在来種で,その多くは種子に角状のとげのある角種子種で秋まきタイプである。明治以後になって,ヨーロッパやアメリカから導入された西洋種の多くは種子にほとんどとげのない丸種子種で春まきタイプである。さらに日本で育成された両者の交雑種には優れた品種が多い。雌雄異株で,一般に雌株のほうが生育は旺盛である。やや多肉の赤色の直根を有し,それに叢生(そうせい)する葉は長三角形,長楕円形,卵形で,欠刻・ちりめんのあるものもある。春に抽だい(とうだち)し,高さ約50cmになり,小さな緑色の花をつける。種子の発芽適温は約20℃であり,生育適温は15~20℃で,冷涼な気候を好み耐寒性はあるが,夏の高温には弱い。このため平坦地での夏まき栽培は困難である。収穫までの日数は,4~7月までの好条件下ではわずかに30日であるが,冬季は長くなる。土壌の酸性に弱く,pH5.5以下では生育は不良となり枯死する。野菜のなかで酸性に弱い代表的なものの一つである。花芽分化後は,温暖長日下で抽だいし開花する性質があり,春まき栽培は抽だいしやすい条件になるため,もっぱら抽だいのおそい西洋種が使用される。ほとんどの夏まき栽培は冷涼な標高1000m前後の高冷地で行われている。秋まき栽培は日本のホウレンソウ栽培の主体をなし,古い歴史をもっている。播種(はしゆ)期は9~12月,収穫期は10~3月である。収穫が冬になるため,霜除け,ビニルなどを利用しての防寒が必要である。以上のような種々の作型によって周年出荷が可能である。ホウレンソウは輸送がむずかしいため,都市近郊での栽培が多い。主生産県は埼玉,群馬,千葉など。

 ホウレンソウは無機養分とビタミンの供給野菜として需要は多く,可食部100g中に鉄分3.7mg,ビタミンA1700I.U.,B10.13mg,B20.23mg,C65mgを含み,葉緑素にとんでいる。一般にはゆでて利用するが,油いため,蒸し煮,なべ物にも用いる。アメリカでは冷凍食品として早くから注目され,冷凍にむく品種が開発されていて,その需要は多い。また乾燥して保存食品にもする。
執筆者:

ホウレンソウの〈菠薐〉は原産地であるペルシア(現,イラン)のことで,中国には唐代までに伝わり,日本には江戸初期までに渡来したらしい。林羅山の《多識篇》(1630)に名が見え,カラナとしているのは唐菜かと考えられる。《料理物語》(1643)には〈はうれん〉とあり,適する料理として煮物,酢の物,汁,あえ物をあげている。《和漢三才図会》(1712)には,鉄漿(かね)を忌むといい,歯を染めたばかりの婦人が食べたところ,血を吐いて死んだという話をのせている。カロチン,ビタミンCのほか鉄分に富むが,シュウ酸が多く,あくが強い。このため生食はまれで,ふつうはゆでてあくを抜き,おひたし,ゴマあえ,汁の実などにする。油脂とよく合い,西洋料理,中国料理にも用いられる。アメリカでは缶詰品も盛んで,その宣伝漫画の主人公が〈ポパイ〉である。
執筆者:


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百科事典マイペディア 「ホウレンソウ」の意味・わかりやすい解説

ホウレンソウ

西南アジア原産のアカザ科一〜二年草の野菜。葉は有柄で長三角形あるいは卵形。茎は中空で直立し,高さ50cm内外になり分枝する。雌雄異株で,雄株は茎頂に円錐または穂状の花序を生じて黄緑色の小花を多数つけ,雌株は葉腋に3〜5個の小型の花をつける。葉柄が細長く淡泊な味の東洋種と,広葉大型で多少土臭く,一般にとう立ちが遅い西洋種とがあり,前者は江戸初期,後者は明治になって日本に渡来。現在は両者の交雑種の栽培もさかんである。シュウ酸を含んで灰汁(あく)が強いが,鉄分,ビタミンA,Cに富む。

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栄養・生化学辞典 「ホウレンソウ」の解説

ホウレンソウ

 [Spinacia oleracea].ナデシコ目アカザ科ホウレンソウ属の雌雄異株の二年草.広く食用にされている.

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