翻訳|poplar
ヤナギ科ヤマナラシ属の樹木の通称であるが,明治中期に北海道など北日本にアメリカから渡来したセイヨウハコヤナギのみをさすこともある。ヤマナラシ属の樹種は落葉性で高木が多い。当年枝はヤナギ属と異なって先端が枯れ落ちず,数枚の鱗片に包まれた頂芽をもつ。葉は互生し,葉柄の上端に腺体がある。風媒性の雌雄異株で,葉より早く尾状花序が垂れ,各花は縁が細裂する苞の腋(えき)につき,杯形の花被がある。花後1ヵ月ほどで蒴果(さくか)が熟して2~4裂し,長い毛のある微細な種子が風にのって飛散する。種子は短命で,室温におくと種によって2~8週間で活力を失う。多くの種は挿木が容易で,苗の生長が早い。また陽性で,山火事跡などに先駆種として入り,二次林をつくるものもある。
ヤマナラシ属Populusは北半球の温帯に約40種が分布する。このうちヨーロッパ系の種はよく神話や古文献に登場する。旧約聖書《詩篇》にバビロン河畔の柳とされるコトカケヤナギP.euphratica Oliv.やウラジロハコヤナギ,セイヨウハコヤナギなどである。一方日本では,北海道アイヌの人たちにとってドロノキもチョウセンヤマナラシも,発火棒に使って火を起こせないヤイニ(ただの木の意)にすぎなかった。ポプラ類の材は白くて軟らかく,昔は小箱や木靴ていどの用途しかなかったのであるが,マッチ工業が起こり最適の軸木材として認められると,一躍世界中で重視されるようになった。その結果,各国で乱伐に遭い,自生木の蓄積が激減してしまった。そこでとくに第2次大戦中の木材不足に悩まされたイタリアで,ヨーロッパクロヤマナラシP.nigra L.(英名black poplar),その変種で樹形がほうき状となるセイヨウハコヤナギvar.italica Koehne(英名Lombardy poplar)やアメリカクロヤマナラシP.deltoides Marsh.(英名cottonwood)などを使った交雑が行われ,多数の早生の品種すなわちイタリアポプラが作り出された。さらに戦後,より多くの種を用いた育種が世界各国で大々的に進められ,多くのいわゆる改良ポプラの品種が作られた。今日ポプラ材はマッチ軸木のほか,包装材,パルプ材などとしての供給量が多い。木も街路樹や防風帯として広く植えられる。
クロヤマナラシ類は三角形の葉と縦に扁平な葉柄をもつ。沖積土を好む。日本には自生種がない。ドロノキP.maximowiczii A.Henryは葉が卵形で,葉柄が扁平でない。兵庫県以北の日本と東アジア北部の河岸肥沃地にはえる。この仲間は芽や葉にバルサム様の成分がある。ヤマナラシP.sieboldii Miq.は本州,四国と朝鮮のやや乾燥した陽地にはえる。葉柄が扁平で風にふるえるので山鳴らしといい,昔その材で扇の箱を作ったのでハコヤナギともいう。近縁のヨーロッパヤマナラシP.tremula L.(英名aspen)はシベリアからヨーロッパまで,そして変種のチョウセンヤマナラシvar.davidiana Schn.は北海道とアジア東北部に分布する。同じ仲間のウラジロハコヤナギ(ギンドロともいう)P.alba L.(英名white poplar)は葉柄が扁平でなく,葉に切れ込みがあり,裏が綿毛で銀白色を呈する。ヨーロッパとアジア中部に分布する。
執筆者:濱谷 稔夫
ポプラの語源はラテン語populus(人民)で,ローマ市民がこの木陰で集会を開いたといわれ,古くは家々の前庭に植えられた。ギリシア神話ではポプラの1種ウラジロハコヤナギを〈ヘラクレスの木〉と呼び,勇気を象徴する。彼が怪物カクスを倒した際,この枝で勝利の冠を作ったためとされる。彼はこの冠をかぶったまま冥界に下り,無事に帰還したところから〈約束された死後の生命〉を意味するようにもなり,葉の表側が黒っぽいのは地獄の業火(ごうか)に焼かれたためだといわれる。またイギリスでアスペンaspenないしアスプaspeと呼ばれるヨーロッパヤマナラシは,裏の白い葉を頼りなげに震わせるようすから恐怖や過敏のシンボルとされ,伝説によれば森を通りかかったキリストに礼を尽くさなかった唯一の木として,常時震えている罰を科せられたという。ポプラが熱病に効くといわれるのも震えとのアナロジーに由来するらしい。花言葉は〈嘆き〉〈過敏〉。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ヤナギ科(APG分類:ヤナギ科)ヤマナラシ属Populusの総称。属名のポプルスは「人民」「人民の木」などの意味がある。雌雄異株の落葉高木で、枝に頂芽と側芽を形成し、分枝は単軸的である。芽鱗(がりん)は数枚か多数が瓦(かわら)重ね状に配列し、樹脂を分泌する。葉柄は長く、丸いか上部が左右に扁平(へんぺい)で全縁または縁(へり)に歯牙(しが)があり、托葉(たくよう)は早落性。尾状花序は下垂し、受粉は風媒性。包葉は縁が細裂し、基部に杯(さかずき)状の蜜腺(みつせん)がある。雄花は4本または多数の雄しべがあり、花糸は離生し、葯(やく)は赤色。雌しべの柱頭は2~3裂し、蒴果(さくか)は2~4裂する。種子は小さく、白色の綿毛(柳絮(りゅうじょ))により飛散する。
世界に約100種あり、おもに北半球、少数が南半球に分布する。日本では、枝が直上し、樹冠が狭く箒(ほうき)状になるセイヨウハコヤナギLombardy poplar/P. nigra L. CV. 'italica'を、とくにポプラと称することがある。ほかに、日本にはヤマナラシ、チョウセンヤマナラシ、ドロノキとチリメンドロの近似のものが野生している。また明治以降、ヨーロッパヤマナラシP. tremula L.、ヨーロッパクロヤマナラシP. nigra L.、ハクヨウP. alba L.、ナミキドロP. deltoides Marsh.など多くの外来ポプラが用材目的の育種の対象として、また緑化や風致のため、圃場(ほじょう)、公園、校庭、街路などに植栽される。
[菅谷貞男 2020年7月21日]
ギリシア神話では、ヘラクレスが巨人カクスを退治した際、ポプラの小枝で勝利の冠をつくったと語られ、古代ギリシアではヘラクレスの木とよばれていた。ディオスコリデスは、ポプラの樹皮を坐骨(ざこつ)神経痛の飲み薬や、細かく切って食用キノコの栽培床に使うと述べている(『薬物誌』)。古代ローマでは、枝をブドウの支柱に使い、花序から軟膏(なんこう)用の油をとった。また、葉はギンバイカ(フトモモ科の常緑低木)Myrtus communis L.やオリーブの葉といっしょに遺体を包むのに用い、それを陶器の柩(ひつぎ)に入れて葬る様式があり、プリニウスはこれをピタゴラス派風とよんだ(『博物誌』)。聖書でハコヤナギP. tremula L.(P. sieboldi Miq.)と訳されているヘブライ語のリブネlivne, libne(「創世記」30章37節)はポプラではなく、エゴノキ科のヤクヨウエゴノキStyrax officinalis L.とする見解がある。一方、「琴を掛けた」(「詩篇(しへん)」137章2節)や「王の心も民の心も林の木々が揺らぐように動揺した」(「イザヤ書」7章2節)に出るヘブライ語のベカイムbecaimにはコトカケヤナギP. euphratica Oliv.があてられている。キリストが処刑された十字架はポプラの木であるとの言い伝えがあり、一部のキリスト教徒は聖なる木としている。
第二次世界大戦中に連合国に封鎖されたイタリアは木材不足に悩み、成長の早いポプラを育成、そのⅠ154号は首相ムッソリーニの名をとってムッソリーニポプラとよばれた。これを改良したのがイタリアポプラとして、戦後、日本に導入された。
なお、よく知られている北海道大学のポプラ並木は、1903年(明治36)に植えられたものという。
[湯浅浩史 2020年7月21日]
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