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マウルブロン修道院 マウルブロンしゅうどういん Kloster Maulbronn

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マウルブロン修道院
マウルブロンしゅうどういん
Kloster Maulbronn

ドイツ南西部,バーデンウュルテンベルク州のザルツァハの谷にあるドイツ最初のシトー会修道院。 1147年修道士たちによって聖堂の建設が始められ,その後全長 850mの周壁を築き,その内側に鍛治場や製粉場,食堂など生活に必要な建物を建てた。

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デジタル大辞泉の解説

マウルブロン‐しゅうどういん〔‐シウダウヰン〕【マウルブロン修道院】

Kloster Maulbronn》ドイツ南西部、バーデン‐ビュルテンベルク州の町、マウルブロンにある修道院。シュトゥットガルトの北西約25キロメートルに位置する。1147年に建造。同国最古のシトー修道院として知られる。16世紀半ばにプロテスタント神学校になり、フリードリヒ=ヘルダーリンヘルマン=ヘッセらが学び、ヘッセの小説「車輪の下」の舞台になった。1993年、世界遺産文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

マウルブロン修道院【マウルブロンしゅうどういん】

ドイツ南部,シュツットガルトの北西方のマウルブロンにあるシトー会修道院。1147年創建。壁に囲まれた中に,12−14世紀に建造された教会や修道士の食堂などが立ち,保存状態もよい。

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世界の観光地名がわかる事典の解説

マウルブロンしゅうどういん【マウルブロン修道院】

ドイツ南西部のバーデンビュルテンベルク州の州都シュトゥットガルト(Stuttgart)北西約45kmに位置する、マウルブロン(Maulbronn)の町はずれにある同国最古の修道院。1147年にシトー派の修道院として建設された。当初ロマネスク様式で建設されたが、その後の増改築でゴシック様式を取り込んだ建物になった。マウルブロンは、この修道院のそばにできた村が起源である。中世の建築物の面影を色濃く残す修道院で、世界遺産になっている。礼拝堂などの宗教施設だけでなく、製パン所、家畜小屋、守衛小屋などの建物が残っている。この修道院は、16世紀半ばにはルター派の神学校になった。この学校で、天文学者ケプラー(Johannes Kepler、1571~1630年)やロマン派詩人・思想家のヘルダーリン(Johann Christian Friedrich Hölderlin、1770~1843年)やドイツの文豪として知られるヘッセ(Hermann Hesse、1877~1962年)などが学んでいる。ヘッセの小説『知と愛』はこの修道院を舞台にした小説で、『車輪の下』もマウルブロンを舞台にしている。

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