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マシーセン Matthiessen, Francis Otto

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マシーセン
Matthiessen, Francis Otto

[生]1902.2.10. カリフォルニア,パサディナ
[没]1950.4.1. マサチューセッツ,ケンブリッジ
アメリカの批評家。エール,ハーバードに学び,両大学で教えた。豊かな感性と広い学識により,進歩的で卓越した批評家と認められたが,マッカーシーの非米活動委員会に喚問されたのが直接の原因となって自殺した。主著は『T. S.エリオットの業績』 The Achievement of T. S. Eliot (1935) ,19世紀中葉の五大作家を論じた名著『アメリカン・ルネサンス』 American Renaissance (41) ,『批評家の責任』 The Responsibilities of the Critic (52) 。ほかに,H.ジェームズについてのすぐれた研究,『オックスフォード米詩選』 The Oxford Book of American Verse (50) の編纂などがある。

マシーセン
Matthiessen, Peter

[生]1927.5.22. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]2014.4.5. ニューヨーク,サガポナック
アメリカ合衆国の作家。海軍での兵役ののち,パリ大学ソルボンヌ校(パリ第4大学)とエール大学(1950文学士号取得)で学ぶ。パリに移住し,文芸誌『パリ・レビュー』の創刊,編集に参画。"The Cloud Forest: A Chronicle of the South American Wilderness"(1961),ニューギニアでの科学調査の体験を綴った "Under the Mountain Wall: A Chronicle of Two Seasons in the Stone Age"(1962),"In the Spirit of Crazy Horse"(1983)など 15作以上のノンフィクションを著した。ネパール奥地を舞台にした『雪豹』The Snow Leopard (1978)で全米図書賞(ノンフィクション部門)とアメリカ図書賞を受賞。初の小説は " Race Rock"(1954)。ほかに,高い評価を得た『神の庭に遊びて』At Play in the Fields of the Lord(1965。1991映画化),全米図書賞を受賞した "Shadow Country"(2008)など。最後の小説 "In Paradise"(2014)は死後刊行。

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世界大百科事典 第2版の解説

マシーセン【Francis Otto Matthiessen】

1902‐50
アメリカの文学批評家。カリフォルニア州パサデナに生まれ,イェール大学卒業後イギリスに留学,さらにハーバードの大学院に学ぶ。2年間イェールの講師を務めたあとは終生ハーバードで教えた。彼は文学を,その表現形式に緻密な注意を払いながら,一方で文化や社会という広い文脈の中でとらえようと努めた。この方法は主著《アメリカ・ルネサンス》(1941)に結実し,副題が端的に示すように〈エマソンホイットマンの時代における芸術と表現〉に関する古典的業績を創出した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マシーセン
ましーせん
Francis Otto Matthiessen
(1902―1950)

アメリカの批評家。1929年よりハーバード大学で教える。主著『アメリカのルネサンス』(1941)は、エマソン、ソロー、ホーソン、メルビル、ホイットマンら19世紀アメリカの代表的作家の作品をロマン主義芸術観のもとに位置づける。ほかに『T・S・エリオットの業績』(1935)、『ヘンリー・ジェームズ』(1944)、『セオドア・ドライサー』(1951)がある。進歩的学者としてマッカーシズムの弾圧を受け自殺した。[牧野有通]

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