マラン(読み)まらん(英語表記)Louis Marin

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マラン(Louis Marin)
まらん
Louis Marin
(1931―1992)

フランスの哲学者、美術史家。グルノーブル生まれ。エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)卒。アメリカのカリフォルニア州立大学サン・ディエゴ分校、ジョンズ・ホプキンズ大学などで教えた後、1978年からパリの社会科学高等研究院の教授を務める。博士論文をもとに1975年に刊行された『言説の批判――「ポール・ロアイヤルの論理学」およびパスカルの「パンセ」に関する研究』La Critique du Discours; sur la “Logique de Port-Royal” et les “Penses” de Pascalをはじめとし、『絵画を破壊する』Dtruire la peinture(1977)、『語りは罠』Le Rcit est un Pige(1981)、『声の回復』La Voix Excommunie(1981)、『食べられる言葉』La Parole Mange(1986)など著書は数多い。また没後もマランを慕う研究者たちによって、フランスの画家ニコラ・プサンあるいはフィリップ・ド・シャンペーニュに関する論考などが刊行されている。
 アウグスティヌス、パスカル、ポール・ロアイヤル運動、モンテーニュ、スタンダールからカラバッジョ、プサンまで、きわめて広範な研究対象をもち、またその理解に際して動員される知の枠組も、哲学、神学、歴史学にはじまり、言語学ないしは記号論、神話学、精神分析など多彩であった。マランの業績を要約することはむずかしいが、つねにそこで問われていたのが「表象再現」reprsentationの概念であった。しかしながら、表象再現とは何かという定義、あるいはある時代の表象再現について何らかの網羅的な見取り図を与えることなどはマランの関心ではなかった。むしろときに歴史家や理論家をとらえる包括的な議論への希求に抵抗し、そうした議論がしばしば自らの読解の暴力を通して無力化してしまう対象本来の力を明らかにしようというのが、マランの目ざすところであった。したがって彼が「仕掛け」とよぶ、あるテクストやイメージの細部に属するような要素、たとえばアウグスティヌスのテクストにおける音節の反復、プサンの絵画の背景に見られる奇妙な廃墟の形象、さらには絵画の額縁、あるいは裏面に至るまでを、全体に奉仕する一部分としてではなく、むしろ表象再現という行為のプロセスに伴う力学そのものを明らかにする重要な要素として論じた。また、聖体の秘蹟(ひせき)というキリスト教の概念を手がかりに、福音書の説話論的構造の分析にはじまり、ポール・ロアイヤルの論理学における記号をめぐる議論の問題、さらには肖像画や貨幣における王の身体へと、マランの議論は時間、空間あるいは学問領域の枠を自由に越境し、きわめて周到かつ緻密(ちみつ)な解読作業を通して、さまざまな表象再現の形式に活力を与える、ある種の断絶、不連続性、特異点を探していく。こうしたマランの学際的な姿勢は、1985年(昭和60)にフランス政府の文化使節として来日した際に日本の研究者に多くの影響を与えた。[松岡新一郎]
『梶野吉郎訳『声の回復――回想の試み』(1989・法政大学出版局) ▽鎌田博夫訳『語りは罠』(1996・法政大学出版局) ▽梶野吉郎訳『食べられる言葉』(1999・法政大学出版局) ▽梶野吉郎・尾形弘人訳『絵画を破壊する』(2000・法政大学出版局) ▽La Critique du Discours; sur la "Logique de Port-Royal" et les "Penses" de Pascal (1975, Minuit, Paris)』

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