コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

マリボル Maribor

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリボル
Maribor

スロベニア北東部の都市。リュブリャナの北東約 100km,オーストリアとの国境付近に位置し,ドナウ川の支流ドラバ川にのぞむ。中世以来知られた町で,ゴシック様式大聖堂 (12世紀) ,城塞 (15世紀) などがある。交通の要地で,古くから商工業が発達。化学,電機,機械,金属など各種の工業が盛ん。肥沃な農村地帯の中心で,リンゴ,ブドウなどの集散も多く,また観光業も重要。人口 15万 3053 (1991推計) 。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

マリボル(Maribor)

スロベニア北東部にある同国第2の都市。ドラバ川沿いに位置する。古代ローマ時代に築かれた町に起源し、中世にはシュタイェルスカ地方の中心都市として栄えた。19世紀半ばにウィーンと鉄道で結ばれ、工業が発展した。神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世が築いたマリボル城、12世紀創建のマリボル大聖堂など歴史的建造物が残っている。ワインの産地として有名。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

マリボル

スロベニア共和国北東部の都市。ドイツ名マールブルクMarburg。オーストリア国境に近く,ドラバ川に臨む。交通・商工業・文化の中心地。自動車・繊維・機械・皮革工業が行われる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

マリボル【Maribor】

スロベニア北東部,ドラバ川河畔の都市。人口10万3000(1995)。ドイツ名マールブルクMarburg。ローマ時代から交通の要衝であったが,7世紀にはスロベニア人が住みついた。1147年の記録に城塞都市として初出する。1140年にオーストリアのシュタイアーマルクに編入され,中世はドイツ名のマールブルクで呼ばれ,スロベニア名のマリボルが現れるのは1836年以降である。1846年に鉄道が開通してから急速に発展し,商工業,教育,文化の一中心地となり,1918年ユーゴスラビアへ復帰した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マリボル
まりぼる
Maribor

スロベニア共和国第二の都市。ドイツ語名マールブルクMarburg。北東部シュタエルスカStajerska州の政治、経済、文化の中心地。人口10万8944(2002国勢調査速報値)。ドラバ川河畔に位置する。ローマ時代の居住地に起源を発し、交通の要衝、物産の集散地、外敵に対する砦(とりで)として発展した。中世、オーストリアに編入されマールブルクとよばれるようになった。1846年ウィーンと鉄道で結ばれ急速に発展、第一次世界大戦後スロベニアに帰属した。ワイン、木材を産し、自動車・農業機械・電気器具工場などがある。大学、博物館、放送局、出版社、劇場、美術館が点在し、12世紀の大聖堂(17世紀の再建)、市庁舎(16世紀)、1743年のペスト記念柱、博物館やホールとして利用されている古城(15世紀)、シナゴーグ(ユダヤ教会)など一見に値する。[田村 律]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

マリボルの関連キーワードズデンコ ベルデニックサーシャ ブヤチッチダニロ トゥルクドラバ[川]ドラウ川ポホリェツェリェ田村

今日のキーワード

間が持てない

1 時間をもてあましてどうしたらよいかわからない。「待ち時間が長すぎて―◦ない」2 途切れがちの会話などを、うまくつなぐことができない。「無口な相手で―◦ない」[補説]文化庁が発表した平成22年度「国...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

マリボルの関連情報