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ミニャール Mignard, Pierre

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミニャール
Mignard, Pierre

[生]1610/1612.11. トロア
[没]1695.5.30. パリ
フランスの画家。 1624年ブルージュの J.ブーシェ,27年パリの S.ブーエに師事。 30年からイタリアに滞在し,57年パリに戻って宮廷の肖像画家として活躍。 63年バル・ド・グラース聖堂の天井画で成功した。神話画や寓意画も描いたが,ロジェ・ド・ピエールたちとともに当時の古典主義者ル・ブランらと対立し,ルーベンス主義の色彩性を支持して 18世紀のロココ美術への道を開いた。 90年のル・ブランの死後,ロイヤル・アカデミー会長および王室付き首席画家となった。代表作『ド・マントノン侯爵の肖像』 (1691,ルーブル美術館) 。

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百科事典マイペディアの解説

ミニャール

フランスの画家。トロア生れ。ブーシェブーエに学んだのちローマでカラッチプッサンを研究,1658年にルイ14世の肖像を描いて認められた。腕を競ったル・ブランの死後,宮廷の首席画家,アカデミーの会長等要職を占めた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミニャール【Pierre Mignard】

1612‐95
フランスの画家。ル・ブランとともにアカデミーを代表する。トロアの画家一家に生まれ,パリでブーエの工房に通う。1636‐57年ローマ滞在。その間プッサン,カラッチ,ドメニキーノなどの作品に学ぶ。ルイ14世の命で帰国し,バル・ド・グラースの天井を装飾(1663)。肖像画においては寓意性を入れ(《テティスを装うセヌレ侯爵夫人》1691など),ベネチア派風の宮廷肖像画を確立した。ル・ブランの死後,〈王の首席画家〉となり,アカデミーの要職にもつく。

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大辞林 第三版の解説

ミニャール【Pierre Mignard】

1612~1695) フランスの画家。宮廷画家として多くの歴史画・宗教画を描き、特に肖像画にすぐれた。

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世界大百科事典内のミニャールの言及

【バロック美術】より

…ストア派的英雄を主とするプッサンのテーマは,カトリックの法悦的表現の道具というよりは,王権下の秩序と品位ある市民のモラルとを称揚したもので,その芸術はフランスの国家的気運と合致し,19世紀にいたるまで同国の美術の骨格をなす伝統となった。 フランスの後期バロックは,1690年のル・ブランの死と,それにつづくミニャールのアカデミー院長就任によって区分される。ミニャールはイタリア・バロックの色彩が強く,次の院長A.コアペルはルーベンスとレンブラントの信奉者であった。…

※「ミニャール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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